心不全の薬を知る

エンレストは、今までの薬と何が違うのでしょうか?

エンレストは、ARBの働きに加えて、体内のナトリウム利尿ペプチドの分解を抑える薬です。血管を広げ、余分な塩分や水分の排泄を促す仕組みを組み合わせています。

心不全のタイプ、血圧、腎機能などによって適した治療は異なります。この記事では、作用の仕組み、臨床試験で確認された効果、切り替えの注意点を順に解説します。

主に成人の治療についての解説です。薬を変更・中止したり、服用回数を変えたりする際は、主治医・薬剤師の指示を確認してください。

ACE阻害薬とARBはどこに作用する?

心不全では、体が血圧や循環を保とうとして、さまざまな仕組みを働かせます。レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)もその一つですが、過剰な働きが続くと、血管の収縮、塩分・水分の貯留、心筋の肥大や線維化につながります。

ACE阻害薬は、アンジオテンシンⅡを作る過程を抑えます。ARBは、アンジオテンシンⅡが作用するAT₁受容体を遮断します。エンレストにはARBであるバルサルタンと、サクビトリルという成分が含まれます。[1][2][7]

図:3種類の薬が作用する場所
生成の段階に作用

ACE阻害薬

アンジオテンシンⅡの生成を抑える

↓

AT₁受容体への刺激を減らす

受容体の段階に作用

ARB

AT₁受容体を遮断する

↓

アンジオテンシンⅡの作用を抑える

2つの働きを組み合わせる

エンレスト(ARNI)

バルサルタン
AT₁受容体を遮断する

+

サクビトリルの活性体
ネプリライシンを阻害し、ナトリウム利尿ペプチドの分解を抑える

ACE阻害薬・ARB・エンレストの比較
比較する点ACE阻害薬(ACEi)ARBエンレスト(ARNI)
代表的な成分エナラプリルなどバルサルタンなどサクビトリル/バルサルタン
RAASへの作用アンジオテンシンⅡの生成を抑えるAT₁受容体を遮断するバルサルタンがAT₁受容体を遮断する
ネプリライシンの阻害なしなしサクビトリルの活性体が阻害する
主な違い生成の段階に作用する受容体の段階に作用するARBの作用と、ペプチド分解の抑制を組み合わせる

エンレストの違いはナトリウム利尿ペプチドにある

心臓は、負担が増えるとANPやBNPなどのナトリウム利尿ペプチドを分泌します。これらには、血管を広げ、腎臓からのナトリウム排泄を促す働きがあります。

ネプリライシンは、これらのペプチドを分解する酵素の一つです。サクビトリルは体内で活性体に変わり、この酵素を阻害します。心臓にペプチドを増産させるのではなく、分解を抑えて作用を高める点が特徴です。[3]

ネプリライシンは複数の物質を分解するため、薬の作用はこの仕組みだけで決まるわけではありません。心不全での効果は、患者さんを対象とした臨床試験で確かめられています。

心不全ではどれくらい効果が違う?

EFが低下した心不全では、入院や死亡を減らす根拠がある

左室駆出率(EF)は、心臓の左心室にたまった血液のうち、1回の収縮で送り出す割合です。PARADIGM-HF試験では、EFが低下した症状のある心不全患者さんを対象に、他の標準治療に加えてエンレストとACE阻害薬のエナラプリルを比較しました。追跡期間の中央値は27か月です。[4]

心血管死または心不全による初回入院

エナラプリル26.5%
エンレスト21.8%

発生割合の差は4.7ポイント

棒の全幅は100%。PARADIGM-HFの試験期間中に起きた割合であり、1年間の発生率ではありません。

PARADIGM-HF:追跡期間中央値27か月の結果
評価項目エナラプリル群エンレスト群
心血管死または心不全による初回入院26.5%21.8%
心血管死16.5%13.3%
すべての原因による死亡19.8%17.0%

主要評価項目のハザード比は0.80で、相対的なハザードは20%低下しました。これは、発生時期も考慮した比較です。「100人中20人の死亡を防ぐ」という意味ではありません。

この試験は、条件に合う心不全患者さんでの根拠です。すべてのACE阻害薬・ARBに対する優位性や、高血圧だけの患者さんで同じ効果があることを示すものではありません。また、無作為化前に両薬を順番に服用し、忍容性を確認する期間がありました。低血圧や重い腎機能障害などがある方に、そのまま当てはめることはできません。[3][4]

EFが保たれた心不全では、根拠と使い方が異なる

EF45%以上の心不全を対象としたPARAGON-HF試験では、バルサルタンに対して、全体の主要評価項目(心不全による総入院と心血管死)に統計学的な有意差はありませんでした。[5]

2025年の日本の心不全診療ガイドラインでは、EFが軽度低下した心不全や、症状がありEFが正常域を下回る一部のHFpEF患者さんで、心不全入院を減らす目的の使用を検討できます。ただし、EFが大きく低下した心不全と同じ強さの根拠ではありません。EF、血圧、合併症などを確認して個別に判断します。[6]

ACE阻害薬・ARBからの切り替えで注意すること

成人の慢性心不全では、国内の電子添文は、ACE阻害薬またはARBから切り替えて使うよう定めています。[7]

ACE阻害薬 ⇄ エンレスト

少なくとも36時間

前の薬を最後に飲んでから、次の薬を始めるまで間隔をあけます。どちらの方向の切り替えでも必要です。同時には飲めません。

ARB → エンレスト

もとのARBを中止して切り替えます。ACE阻害薬のような36時間の規定はありませんが、開始時刻は医師の指示に従います。

エンレストにはすでにARBが含まれるため、別のARBを重ねて服用しません。

ACEとネプリライシンを同時に阻害すると、ブラジキニンの分解が重ねて抑えられ、血管性浮腫の危険が増すためです。薬の名前だけでは分類が分かりにくいこともあるので、お薬手帳を使って医師・薬剤師と確認してください。[1][7]

副作用と採血で確認する項目

低血圧によるめまい・ふらつき、腎機能の悪化、高カリウム血症に注意します。開始時や増量時には、血圧、クレアチニン・eGFR(腎機能の指標)、カリウムなどを確認します。高カリウム血症は症状がないこともあり、採血での確認が大切です。[7]

妊娠中・妊娠の可能性がある方、血管性浮腫の既往がある方などには使用できません。妊娠を計画している場合も、あらかじめ主治医に相談してください。妊娠が判明した場合は服用を中止し、速やかに処方医へ連絡してください。妊娠が疑われる場合も、次の受診を待たず速やかに処方医へ相談してください。腎機能の低下は一律に使用禁止という意味ではなく、程度や検査値を踏まえて適否を判断します。[7]

唇・舌・喉の急な腫れは、血管性浮腫の可能性があります。服用を中止し、すぐに救急受診してください。息苦しさや呼吸困難があれば119番を要請します。

めまいが続く、尿が減る、むくみや息切れが増す場合も、早めに医療機関へ相談してください。急な強い息苦しさ、意識の異常がある場合は通常の予約を待たず、救急対応が必要です。

利尿薬やカリウムを上げる薬、カリウムのサプリメント、一部の痛み止めなどとの組み合わせにも注意が必要です。市販薬・サプリメントも含め、使用中のものを伝えてください。通常の服薬調整は自己判断で行わず、主治医・薬剤師に相談します。

エンレストを飲むとBNPはどう変わる?

治療開始後、薬の作用でBNPが上がる場合があります。BNPにはネプリライシンによる分解抑制の影響があり、特に開始直後の値は注意して読みます。一方、NT-proBNPはネプリライシンの基質ではなく、この直接的な影響を受けないため、導入初期の評価に役立ちます。[8]

BNPの上昇をすべて薬のせいにはできません。治療中のBNPも、その後の経過を見通す情報を持ちます。BNP・NT-proBNPともに、症状、体重、腎機能、検査値の推移などと合わせて判断します。数値だけでエンレストを中止しないでください。

姫路市で心不全や高血圧の薬を相談したい方へ

えぷろんクリニックでは、循環器専門医の松尾晃樹院長が、症状や服薬内容を確認し、心不全・高血圧の相談や継続診療に対応します。血圧管理、採血、心電図、必要に応じた心エコーなどを組み合わせて評価し、詳しい検査や入院治療が必要な場合は専門医療機関と連携します。

受診時にお持ちいただきたいもの

  • お薬手帳(市販薬・サプリメントの情報も)
  • 家庭血圧・体重・症状の記録
  • 紹介状や、以前の検査結果があればその資料

息切れやむくみが気になる方、心不全や生活習慣病の薬について確認したい方はご相談ください。初診の持ち物・受診方法は初診の方へのご案内で確認できます。

強い呼吸困難などの緊急症状では、WEB予約を待たず救急要請してください。

詳しく知りたい方への専門的な補足

作用機序・EF別の推奨・高血圧の用法を読む

ナトリウム利尿ペプチドはcGMPを介して働く

エンレストの一般名はサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物です。分類はアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)。サクビトリルの活性代謝物サクビトリラート(LBQ657)がネプリライシンを阻害します。ナトリウム利尿ペプチドが膜型グアニル酸シクラーゼと結び付いた受容体を刺激すると、細胞内のcGMPが増え、血管拡張やナトリウム排泄などにつながります。抗肥大・抗線維化作用も薬理学的に説明されています。[3]

薬理作用だけで患者さんの死亡や入院への効果を断定することはできません。そうした効果は臨床試験で評価します。小規模な機序研究ではANPの増加が目立つ一方、BNPは測定法などの影響も受け、全員で同じ動きになるわけではありません。[9]

HFmrEFとHFpEFでは推奨の強さが異なる

2025年の日本のガイドラインでは、症状のあるHFmrEF(EF41~49%)でARNIは推奨クラスIIa・エビデンスレベルB-NRです。症候性でEFが正常域を下回る一部のHFpEF(EF50%以上)では、心不全入院の抑制を目的に使用を考慮できます(IIb・B-R)。IIaは「行うことが妥当」、IIbは「考慮してもよい」に相当し、B-NRは非無作為化研究など、B-Rは無作為化比較試験に基づく中等度のエビデンスを示します。HFrEF(EF40%以下)と同じ強さの根拠ではありません。PARAGON-HFはEF45%以上が対象で、現在の分類のHFmrEFも一部含みます。[5][6]

ACE阻害薬による空咳と血管性浮腫は分けて考える

ACEはブラジキニンの分解にも関わるため、ACE阻害薬で空咳が起こる場合があります。ARBはACEを直接阻害しません。ただし、エンレストも血管性浮腫を起こす可能性があります。ACE阻害薬で空咳が出たことと、血管性浮腫を起こしたことは別で、切り替えの判断も異なります。血管性浮腫の既往は必ず伝えてください。[1][2][7]

HFrEFでは他の基礎治療も組み合わせる

HFrEFでは、ARNIなどのRAASに作用する薬、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬の4系統を基本に治療を検討します。エンレストを使うだけで治療が完結するわけではありません。うっ血には利尿薬も必要に応じて使用します。[6]

高血圧では心不全と用法が異なる

国内では高血圧にも承認されていますが、電子添文上、原則として高血圧治療の第一選択薬にはしません。成人の通常用法は、慢性心不全では1日2回、高血圧では1日1回です。高血圧に心不全を合併する場合は、原則として心不全の用法・用量を用います。病名や処方目的を確認し、自己判断で回数を変えないでください。[7]

国内の慢性心不全の適応には小児も含まれますが、成人とは用法・用量や剤形が異なります。成人の用量を小児に当てはめないでください。

エンレストとACE阻害薬・ARBについてよくある質問

Q1 エンレストは血圧の薬ですか、心不全の薬ですか?

日本では慢性心不全と高血圧症に使われます。成人でも病気によって適応・用法が異なるため、処方目的を確認してください。

Q2 ARBを飲んでいる人は全員エンレストに変えるべきですか?

全員に変更が必要なわけではありません。心不全のタイプ、血圧、腎機能、カリウム、現在の治療などで判断します。

Q3 エンレストと今までの薬を一緒に飲めますか?

ACE阻害薬とは併用できず、どちらの方向の切り替えでも少なくとも36時間の間隔が必要です。別のARBとの併用も避けます。β遮断薬など、目的の異なる薬を併用することはあります。薬の組み合わせは医師・薬剤師と確認してください。

Q4 BNPが上がったらエンレストをやめるべきですか?

数値だけで中止を決めません。薬の影響も考え、症状や体重、NT-proBNPなどと合わせて評価します。息切れやむくみが悪化した場合は早めに相談してください。

Q5 姫路市で心不全の薬について相談できますか?

えぷろんクリニックの循環器内科でご相談いただけます。お薬手帳と、家庭血圧・体重の記録をお持ちください。

参考資料

資料確認日:2026年10月13日。国内の適応・用法・禁忌はPMDAの現行電子添文を優先して確認しています。

  1. PMDA テモカプリル塩酸塩電子添文(ACE阻害とブラジキニンに関する記載)
  2. PMDA バルサルタン電子添文(AT₁受容体遮断に関する記載)
  3. EMA Entresto製品情報(薬理とPARADIGM-HFの試験設計。国内の適応・用法は[7]を参照)
  4. McMurray JJV et al. PARADIGM-HF. N Engl J Med. 2014;371:993–1004.
  5. Solomon SD et al. PARAGON-HF. N Engl J Med. 2019;381:1609–1620.
  6. JCS/JHFS 2025 Guideline on Diagnosis and Treatment of Heart Failure. Circ J. 2025;89:1278–1444.
  7. PMDA エンレスト電子添文(2026年10月改訂・第10版)
  8. Myhre PL et al. B-Type Natriuretic Peptide During Treatment With Sacubitril/Valsartan: The PARADIGM-HF Trial. J Am Coll Cardiol. 2019;73:1264–1272.
  9. Nougué H et al. Effects of sacubitril/valsartan on neprilysin targets and the metabolism of natriuretic peptides in chronic heart failure. Eur J Heart Fail. 2019;21:598–605.