医療の歴史を知る
からだの話と日常 | 心臓を支える医療の歴史
大動脈の中で、小さな風船を心臓の拍動に合わせて動かす。IABP(大動脈内バルーンパンピング)は、この仕組みで弱った心臓を一時的に助ける治療です。心臓を置き換えるのではなく、患者さん自身の心臓が働きやすくなるよう支えます。[1]
その誕生には、血流のタイミングに注目した研究者たちの工夫がありました。日本での国産化には、娘の病気をきっかけに医療機器開発へ踏み出した家族の歩みがあります。世界での開発と、日本での臨床使用・国産化を分けてたどります。[2],[8]
IABPとは? 心臓と逆のタイミングで働く風船
IABPでは、カテーテルの先のバルーンを胸部の下行大動脈に置きます。大切なのは、ただ膨らませるのではなく、心臓の動きとタイミングを合わせることです。[1]
- 心臓が拡張する時期
- バルーンが膨らむ
大動脈の拡張期の圧を高め、心臓を養う冠動脈への血流を助けます。
- 次に心臓が収縮する直前
- バルーンがしぼむ
心臓が血液を押し出す際の抵抗を減らし、仕事量を軽くします。
この仕組みを「カウンターパルセーション」と呼びます。効果は心臓や血管の状態、動作のタイミングなどによって異なります。[1]
世界のIABP開発史|発想から患者さんへの使用へ
1953年:血圧のタイミングを変える発想
外科医のエイドリアン・カントロウィッツと兄のアーサーは、動脈の圧が高くなるタイミングを遅らせ、冠血流を増やす実験を報告しました。この段階では現在のIABPではありませんが、心臓の拡張期を利用して循環を助ける考え方につながります。[2]
1962年:大動脈内バルーンの実験研究
Moulopoulos、Topaz、Kolffらは、大動脈の中に置いた細長いバルーンを、心電図に合わせて動かす研究を発表しました。当時使われたガスは二酸化炭素です。現在のIABPにつながる形が、実験装置として検討されました。[3]
1967年に初の臨床使用、1968年に論文発表
1967年6月、米国ニューヨークのマイモニデス病院で、カントロウィッツらのチームがIABPを初めて患者さんに使用しました。心筋梗塞により心臓のポンプ機能が著しく低下した、心原性ショックの患者さんでした。[4]
初期の臨床経験は、翌1968年に医学雑誌『JAMA』へ掲載されました。ヘリウムでバルーンを動かし、心電図や大動脈の圧をもとにタイミングを合わせる装置でした。臨床使用の年と、論文が公表された年は異なります。[5]
1980年:経皮的挿入の臨床報告
初期には脚の動脈を手術で切開して挿入していました。その後、針で血管を穿刺して入れる方法が開発され、1980年にBregmanらが臨床経験を報告しています。必要なときに、より迅速に循環補助を始めるための進歩でした。[5],[6]
日本のIABPの歴史|臨床への導入と国産化
1970年代には、日本でも臨床使用
大阪大学などの高野久輝らは、1974年から実施した30例の経験を、1978年に報告しています。国産カテーテルが登場する前から、日本でもIABPの効果や限界が検討されていました。[7]
娘の病気をきっかけに始まった開発
東海メディカルプロダクツの開発記録によると、筒井宣政さん・陽子さん夫妻が医療機器開発へ進んだ背景には、次女・佳美さんの先天性心疾患がありました。夫妻は医療用材料を学び、人工心臓の研究に取り組みます。[8]
1981年に会社を設立し、動物実験まで進みましたが、人に使用するにはさらに多くの資金と人材が必要でした。そこで、研究で培った技術をIABP用バルーンカテーテルの開発へつなげていきました。[8],[9]
体格に合う設計を、医療現場と検証する
国産開発で重視されたのは、患者さんの体格に合う設計です。1989年には、東京女子医科大学と同社の研究者らが、ガスの出口の位置による膨らみ方や血圧への影響を検討しました。1992年には、国産バルーン145本の使用経験をもとに、安全性と体格との関係を調べた報告も発表されています。[10],[11]
同社の沿革は1986年のIABP完成と1988年の学会発表を記録し、開発ストーリーは1989年冬に製品が登場したと説明しています。同社が国産初と紹介するのはバルーンカテーテルであり、IABPという治療法そのものの世界初の発明ではありません。[8],[9]
国産カテーテルは佳美さんの病気を治すものにはならず、佳美さんは1991年12月に亡くなりました。家族のために始まった研究は、ほかの患者さんに使われる医療機器へとつながりました。[8]
企業の沿革には「販売開始期間」として1990年からの区分もあります。完成・学会発表・製品登場・販売期間は同じ出来事ではないため、本記事では特定の年を製造販売承認日として扱っていません。[8],[9]
IABPの歴史を年表で振り返る
- 1953世界・基礎研究冠血流を助ける発想
カントロウィッツ兄弟が、動脈圧のタイミングを変える実験を報告。[2]
- 1962世界・装置開発大動脈内バルーンの実験
Moulopoulosらが、二酸化炭素を使った装置を報告。[3]
- 1967世界・臨床使用
- 1974日本・臨床使用国内での使用記録
高野らの研究グループが使用開始。1978年に30例を報告。国内初の施行を示す記録ではありません。[7]
- 1980世界・挿入技術経皮的挿入の臨床報告
Bregmanらが、血管の穿刺による挿入法を報告。[6]
- 1981日本・研究体制
- 1986日本・国産開発
- 1992日本・臨床評価国産バルーンの使用経験を報告
145本の使用をもとに、安全性や体格との適合性を検討。[11]
- 2012世界・効果検証IABP-SHOCK II試験
心筋梗塞に伴う心原性ショックへの追加使用で、30日死亡率の有意な低下を認めず。[12]
IABPの歴史は、効果と限界を確かめる歴史でもある
2012年のIABP-SHOCK II試験では、早期の血行再建を予定した、心筋梗塞に伴う心原性ショックの患者600人を対象に検討が行われました。IABPを追加しても、30日死亡率の有意な低下は示されませんでした。[12]
試験の結果を読むときに
血圧や血流を助けることと、生存率が改善することは同じではありません。一方、この試験から、すべての病態でIABPが無意味だと結論づけることもできません。
装置をつくる技術だけでなく、どの患者さんに役立つのかを確かめる研究も、医療の進歩を支えています。
IABPについて、よくある質問
IABPは誰が開発したのですか?
一人の発明としてまとめるより、段階を分けると正確です。1962年にMoulopoulosらが実験研究を発表し、1967年にカントロウィッツらのチームが初めて患者さんに使用しました。[3],[4]
日本で開発されたIABPは、世界初ですか?
いいえ。世界での臨床使用が先行し、日本では後に体格などを考慮した国産のIABP用バルーンカテーテルが開発されました。治療法の誕生と、部品であるカテーテルの国産化は別の出来事です。[4],[8],[11]
詰まった血管を広げるバルーンとは違いますか?
違います。IABPは大動脈の中で膨張・収縮し、循環を補助します。冠動脈の狭い部分を広げる治療とは、目的も働きも異なります。[1]
姫路市で心不全や心筋梗塞の治療後について相談できますか?
えぷろんクリニックでは、心不全の継続管理や心臓カテーテル治療後などの外来フォローをご相談いただけます。紹介状、検査結果、お薬手帳があればお持ちください。[13]
姫路市で胸痛・息切れ・心臓の病気が気になる方へ
強い胸痛、冷や汗を伴う胸の圧迫感、急な強い息苦しさ、意識を失った・意識が戻らないなどの症状では、救急の評価が必要です。自分で運転して受診しないでください。[13]
- 歩いたときに胸が苦しくなる、胸の違和感を繰り返す。
- 以前より息切れしやすい、むくみや動悸が続く。
- 心臓病の治療後で、体調や薬の管理に不安がある。
これらの症状は、早めに医療機関へご相談ください。当院では、診察、血圧管理、採血、心電図、心エコー、生活習慣病管理などを通じて評価し、必要に応じて専門医療機関と連携します。IABPは、入院管理が可能な専門医療機関で検討される治療です。[1],[13]
えぷろんクリニック
姫路市で胸痛や息切れ、動悸、むくみにお悩みの方、生活習慣病や心臓の病気が心配な方は、えぷろんクリニックまでお気軽にご相談ください。症状や検査結果を確認しながら、必要に応じて適切な検査や専門医療機関との連携を行います。
WEB予約は緊急時の連絡先ではありません。強い症状があるときは119番してください。
参考文献・資料
- ジョンズ・ホプキンス大学病院:IABPの仕組みと治療上の注意患者向け公式解説。拡張期のバルーン膨張、心収縮前のバルーン収縮、治療目的と合併症。
- Kantrowitz A, Kantrowitz A. 冠血流を増やすために動脈圧のタイミングを変えた実験研究Surgery. 1953;34(4):678–687. PMID: 13102153.
- Moulopoulos SD, Topaz S, Kolff WJ. 二酸化炭素を使った大動脈内バルーンの実験研究Am Heart J. 1962;63:669–675. doi:10.1016/0002-8703(62)90012-1.
- Kantrowitz A. IABP誕生の経緯を開発者自身が記した論文Ann Thorac Surg. 1990;50(4):672–674. doi:10.1016/0003-4975(90)90220-Z.初期の施行時期の補足:Kantrowitz A, et al. Intraaortic balloon pumping 1967 through 1982: analysis of complications in 733 patients. Am J Cardiol. 1986;57:976–983. 抄録で1967年6月からの経験を記載。
- Kantrowitz A, et al. 心原性ショックに対するIABPの初期臨床報告JAMA. 1968;203(2):113–118. doi:10.1001/jama.1968.03140020041011.
- Bregman D, et al. IABPの経皮的挿入に関する臨床報告Am J Cardiol. 1980;46(2):261–264. PMID: 7405838.
- 高野久輝ほか:大動脈内バルーン・パンピング症例の初期血行動態と予後について人工臓器. 1978;7(1):123–126. 1974年からの30例を報告。
- 東海メディカルプロダクツ:開発ストーリー企業による開発経緯の記録。家族の背景と1989年冬の製品登場について参照。
- 東海メディカルプロダクツ:沿革1981年の設立、1986年のIABP完成、1988年の学会発表などの記録。
- 吉岡行雄ほか:大動脈内バルーン駆動形態とバルーン前後における血圧の検討人工臓器. 1989;18(2):487–490. カテーテルの開口位置と駆動形態の基礎研究。
- 勝間田敬弘ほか:国産IABP用バルーン145例の使用経験からみた安全性の検討人工臓器. 1992;21(2):409–411. 抄録では使用バルーン総数145本を記載。
- Thiele H, et al. IABP-SHOCK II試験N Engl J Med. 2012;367(14):1287–1296. doi:10.1056/NEJMoa1208410.
- えぷろんクリニック:循環器内科・医師紹介・胸痛の受診目安当院の診療内容は公式サイトの公開情報を参照。
記事の発信元:えぷろんクリニック
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