APRON CLINIC · CARDIOLOGY

弱った心臓を助ける技術は、
「拍動する袋」から「磁力で浮くポンプ」へ。

人工心臓の歴史は、血液を流す力をつくるだけでなく、血液を傷つけず、血栓をつくらず、長く生活を支える方法を探してきた歴史です。本記事では歴代機器の違いをたどり、現在の植込型左室補助人工心臓の重要な機種であるHeartMate 3(ハートメイト3:HM3)を、工学と循環生理、臨床試験の両面から解説します。

情報確認日:2026年10月16日|内科・循環器内科|専門的な内容を含みます

「人工心臓を植え込む」と聞くと、心臓を取り出して機械に交換する手術を想像するかもしれません。しかし、HM3では患者さん自身の心臓を残し、左心室から大動脈へ血液を送る別の経路をつくります。どの部分を、どの期間、どの仕組みで補助するのかを分けると、人工心臓の全体像が見えてきます。

01 · DEFINITION人工心臓には「補助する装置」と「置き換える装置」がある

補助人工心臓:VAD

補助人工心臓(ventricular assist device:VAD)は、弱った心室のポンプ機能を機械で補います。左心室を補助するものがLVAD、右心室を補助するものがRVAD、両方を補助する構成がBiVADです。HM3は主に長期の左心補助を担うLVADで、肺で血液に酸素を加える機能はありません。[1][2]

全置換型人工心臓:TAH

全置換型人工心臓(total artificial heart:TAH)は、原則として自己心の両心室を切除し、左右の心室に相当するポンプに置き換えます。「全」といっても、通常は心房の一部や大血管を残して接続します。両心室の働きを置換するため、左心補助だけでは成立しにくい重症両心不全などで検討されます。

名前が似ていても、役割は異なります
装置主な役割長期植込型LVADとの違い
HM3などのLVAD左室から大動脈へ血液を送る在宅生活を含む長期補助を想定
体外設置型VAD体外の血液ポンプで心室を補助急性期や移植への橋渡しなど。期間は機器・病態により異なる
Impella心内に入れた軸流ポンプで左室などを補助主に急性期の一時的補助。HM3と治療期間・適応が異なる
VA-ECMO静脈から脱血し、人工肺を通して動脈へ送る酸素化と循環を補助。左室後負荷を増やす場合がある
IABP大動脈内のバルーンで拡張期圧を高め、収縮期の負荷を軽減血液を直接送る独立したポンプではない
TAH左右の心室の働きを置換自己心を残すLVADとは手術・適応が異なる

体外設置型だから必ず短期間、植込型だから全ての部品が体内に入る、という意味ではありません。HM3でもコントローラと通常の電源は体外にあります。分類は設置場所、補助する部位、使用期間、作動原理を分けて考えます。

02 · HISTORY人工心臓の歴史:数日間の救命から、数年間の生活へ

1960年代:左心補助と全置換型が臨床へ

人工心肺によって心臓手術中の循環を一時的に代行できるようになっても、手術後に自己心が十分動かない患者さんを長く支えることは別の課題でした。1960年代にはDeBakey、Liottaらが左心補助ポンプの臨床応用を進め、自己心の回復を待つという考え方が具体化しました。[3]

1969年4月、CooleyとLiottaらはヒトに全置換型人工心臓を植え込み、約64時間の補助の後に心臓移植へつなぎました。患者さんは移植後に亡くなりましたが、機械で循環を保ちながらドナー心を待つという「橋渡し」の可能性を示しました。[4]

1982年:Jarvik-7と、恒久的な心臓代替への挑戦

1982年、DeVriesらがBarney Clark氏にJarvik-7を植え込み、112日間の生存を得ました。空気圧で人工の心室を動かす拍動流型のTAHで、当初から移植への橋渡しではなく、長期の心臓代替を目指した試みでした。同時に、血栓、出血、感染、臓器障害、体外の大型駆動装置という問題も明らかになりました。[5]

2001年:REMATCH試験が長期VAD治療の位置づけを変えた

REMATCH試験は、移植適応のない重症心不全患者129人を対象に、当時の拍動流型HeartMateと内科治療を比較しました。1年生存率は装置群52%、内科治療群25%でした。重い有害事象は多く残りましたが、VADを移植待機の手段だけでなく、移植を前提としない長期治療として考える重要な根拠になりました。[6]

2001年当時の内科治療には、現在のARNIやSGLT2阻害薬などは含まれません。この数字から「現在の薬物治療に対してHM3が同じ差を生む」とは言えません。

2000年代以降:連続流化と小型化

大きな血液の袋を繰り返し押す方式から、小さな羽根車を回す方式への転換で、ポンプは小型化しました。2009年の無作為化試験では、連続流型HeartMate IIが拍動流型HeartMate XVEより良好な主要複合転帰を示しました。耐久性と携帯性の向上は、退院後の生活を支えるうえでも大きな意味を持ちました。[7]

1980年5月

三井記念病院で東大型VADによる日本初の臨床使用が行われ、3日間の補助が報告されました。

1986〜1994年

東洋紡VAD(現在のニプロVAD)と東大型VADの臨床治験を経て、1994年に保険償還。国内の体外設置型治療の基盤が整いました。

2004年

拍動流型のNovacorが国内で保険償還。植込型VADの導入が進みます。

2011年

EVAHEARTとDuraHeartの保険償還が始まり、施設認定や在宅安全管理とともに長期植込型治療が広がりました。

2019年6月

HeartMate 3の保険償還。完全磁気浮上型LVADが国内診療へ。

2021年

日本でHM3によるDestination Therapy(DT)が保険診療の選択肢となりました。

2026年

国内2施設の5年成績が正式刊行。DT実施基準は9月30日にも改定され、適応と生活支援の評価は更新が続いています。

日本では移植待機が長期に及ぶため、BTTであっても数年にわたる機器の耐久性と生活の質が重要です。装置の開発だけでなく、多職種の育成、認定施設、救急連携、在宅支援を整えてきたことが現在の治療を支えています。[2][8][18][21]

03 · ENGINEERING拍動流から連続流へ:機器はどのように変わったのか

拍動流型:人工の心室を「満たして、押す」

初期の植込型VADは、人工弁を備えた血液室を空気圧や電気駆動で押し、1拍ごとに血液を送りました。生理的な拍動に似ていますが、十分な1回拍出量を得るには血液室が大きくなり、膜、弁、駆動部の繰り返し運動も必要です。大型ポンプの植込みスペースや機械的耐久性が課題でした。

連続流型:羽根車を回し続けて血液を送る

連続流型は、回転するインペラーで血液にエネルギーを与えます。大きな血液室を必要とせず、小型化しやすい方式です。軸方向へ血液を送る軸流型と、回転の中心から外周方向へ送る遠心型があります。

ただし、小型化すると血液が狭い流路を通るため、せん断応力、血液の滞留、血栓、溶血への配慮が欠かせません。そこで、ローターを支える軸受、流路の広さ、表面、血流の洗い流し方が進化しました。

04 · DEVICE COMPARISONこれまでの人工心臓:機種ごとの違い

補助人工心臓の主な設計と、その意味
代表機器流れ・駆動方式特徴と課題
ニプロVADなど体外設置・空気圧駆動の拍動流体外のポンプをカニューレで心臓・血管へ接続。左心・右心・両心補助などに用いられ、急性期や橋渡し治療で重要
Berlin Heart EXCOR体外設置・拍動流小容量のポンプを選べ、小児の長期補助にも用いられる。体格の小さな患者を支える設計[29]
Novacor/HeartMate VE・XVE植込型・拍動流電気駆動で血液室を押す。大型で植込みスペースや可動部の耐久性が課題。REMATCHの時代を象徴
HeartMate II植込型・軸流・機械的軸受長期連続流LVADの普及を牽引。ポンプ血栓、脳卒中、出血などが課題となりHM3の比較対象に
Jarvik 2000植込型・小型軸流ポンプを左室内に置く設計。下行大動脈への送血や間欠的低回転機能など、他機種と異なる構成を持つ[28]
EVAHEART/EVAHEART 2植込型・遠心型クールシール機構を用いる軸シールと低回転の設計。自己心の拍動に応じた流量変化、2では先端突出を抑える脱血カニューレなどが特徴[31]
DuraHeart植込型・磁気浮上型遠心ポンプ磁気浮上を長期VADへ導入した先行機器。国内では2017年に新規植込み停止と報告[30]
HeartWare HVAD植込型・遠心型。磁気・動圧による支持小型で心嚢内に置ける。死亡・神経学的有害事象や再始動不良の懸念から2021年に販売・流通停止
HeartMate 3植込型・完全磁気浮上型遠心ポンプ接触軸受をなくし、広い流路と人工拍動を組み合わせる。血栓関連の転帰が改善した一方、感染・右心不全・出血への管理は継続

比較は代表的な設計の整理であり、すべてが現在国内で新規植込み可能という意味ではありません。異なる時代・対象の成績を並べて機器の優劣を判断することもできません。HM3とEVAHEART 2など、全機種間の大規模無作為化直接比較があるわけではありません。出典:[2][8][19]。

HVADの販売停止は、機器が小さいことや遠心型であることだけでは安全性を判断できない例です。一方、すでに装着している患者さんでは交換手術にもリスクがあり、販売停止だけを理由とする予防的交換が一律に推奨されているわけではありません。FDAも患者ごとの評価と継続管理を求めています。[19]

05 · HEARTMATE 3HeartMate 3は、どこから血液を取り、どこへ送るのか

HM3は心尖部に固定したカフを介し、流入カニューレを左心室へ入れます。左室の血液をポンプへ取り込み、流出人工血管(outflow graft)を通じて通常は上行大動脈へ送ります。ポンプ本体は心嚢内に置ける大きさで、自己心は残ります。

左心室から大動脈への血流を補助するHM3右心室、肺、左心室を通った血液は、大動脈弁を通る自己心の経路と、HM3ポンプを通る補助経路で大動脈へ向かう。HM3の前に右心室と肺の働きが必要。 HM3は、左心室から大動脈への「別の出口」 右心室 肺 左心室 大動脈大動脈弁 HM3 心尖部から脱血流出人工血管 右心室と肺の働きは必要HM3自体に酸素化機能はない 血流経路の概念図。解剖学的位置・機器の形状を再現した図ではありません。
図1.自己心の大動脈弁を通る血流とLVADを通る血流が並列に存在します。自己心の拍出がどの程度残るかは、心機能・回転数・血圧などで変わります。[1][2]

体内のポンプは、皮膚を貫くドライブラインで体外のコントローラにつながり、携帯バッテリや所定の外部電源から電力を得ます。「植込型」はポンプの設置場所を示す言葉で、システム全体が体内に収まるわけではありません。

左室を休ませ、臓器への血流を支える

左室から血液を取り出すことで、左室容積や充満圧、壁応力の低下を目指します。肺うっ血や低心拍出による症状を改善し、腎臓・肝臓などへの灌流を支えることが期待されます。ただし、ポンプが十分働くには左室へ血液が戻ってくる必要があり、右心機能や肺循環の評価が欠かせません。[2][15]

06 · FULL MAGLEVHM3の核心:ローターを完全に磁力で浮かせる

回転ポンプでは、ローターをどのように安定して支えるかが重要です。機械的軸受を用いる方式には接触部があり、その周囲の流れや局所の高いせん断応力に配慮する必要があります。

HM3は磁力でローターを支持し、位置を制御する完全磁気浮上を採用しています。通常作動中にローターを支える機械的接触軸受や、支持のための動圧軸受を必要としません。ローター周囲に比較的広い血液流路を確保でき、狭い軸受部分で血液が傷つく要因を減らす設計です。[9]

機械的軸受とHM3の磁気浮上の違い左に接触部でローターを支える概念、右に磁気でローターを浮かせ周囲に血液流路を確保する概念を示す。実機の断面図ではない。 接触する軸受で支える磁力で浮かせて支える 接触部と、その周囲の血流が課題 非接触支持と、広い血液流路 ローター支持の概念比較。実際の軸流・遠心ポンプの形状や磁場を示す図ではありません。
図2.血液を傷つけにくくするには、支持方式に加え、せん断応力、流れの滞留時間、表面、流路全体を考える必要があります。[9]

血栓は単に「機械が擦れるから」できるわけではありません。人工表面へのタンパク吸着、血小板・凝固系の活性化、流れの停滞、高せん断への曝露などが重なります。HM3も血液は人工表面に触れるため、磁気浮上で血栓リスクがゼロになるわけではありません。[16]

完全磁気浮上だけの効果を、臨床成績から切り離して測定することもできません。HM3の成績は、ローター支持、流路、人工拍動、植込み手技、抗血栓療法、長期管理を含むシステム全体の結果として理解します。

07 · ARTIFICIAL PULSEHM3は連続流なのに、なぜ「人工拍動」があるのか

HM3は連続流型ですが、一定の条件で約2秒ごとに回転数を一時的に下げ、続いて上げる変調を加えます。これが人工拍動(artificial pulse)です。ポンプ内の血流を変化させ、血液の滞留を減らすことを目的とします。[9][17]

ここでいう拍動は、自己心の収縮・拡張に同期して一定量の血液を押し出す方式とは異なります。HM3が生理的な心拍を完全に再現しているわけではなく、人工拍動があるから大動脈弁が必ず開くわけでもありません。

08 · HEMODYNAMICS回転数を上げればよい、とは限らない:HM3と循環生理

HM3の流量は回転数だけで決まりません。ポンプの入口である左室圧、出口側の大動脈圧、流入・流出路の状態にも左右されます。同じ回転数でも血圧上昇で流量が下がることがあり、脱水や出血、右心不全で左室への流入が減っても流量は下がります。

前負荷が減る脱水・出血・右心不全などで左室への血液供給が不足し、流量が低下
後負荷が増える血圧が上がり、ポンプが大動脈へ血液を送りにくくなる
吸い込みすぎる充満に対して回転数が高すぎると左室が小さくなり、吸引現象や不整脈の原因に

左室を過度に縮小させると、中隔の位置や右室の収縮にも影響します。一方、補助不足なら左室充満圧や肺うっ血が残ります。回転数の最適化では、症状、血圧、体液量、左室径、中隔、大動脈弁開放、弁逆流、右心機能を組み合わせ、必要に応じて右心カテーテルやランプテストを用います。[15]

ランプテストは、専門施設で回転数を段階的に変え、心エコーや血行動態の反応を見る評価です。患者さんが自分で回転数を調整するための手順ではありません。

09 · CLINICAL EVIDENCEHM3の臨床成績:何が改善し、どこまで言えるのか

MOMENTUM 3:HeartMate IIとの無作為化比較

2019年のMOMENTUM 3最終報告は、重症心不全患者1,028人をHM3とHeartMate IIに無作為に割り付けた試験です。主要評価項目は、2年後に生存し、重い障害を残す脳卒中や機器不具合による交換・抜去の再手術がないことでした。達成割合はHM3が76.9%、HeartMate IIが64.8%でした。[10]

MOMENTUM 3:評価項目と研究の段階を分けて読む
報告・評価項目HM3HeartMate II解釈
2年の主要複合評価項目76.9%64.8%生存だけでなく脳卒中・機器再手術を含む。単なる2年生存率ではない
2年以内の不具合によるポンプ交換2.3%11.3%機器交換が減少
5年の主要複合転帰の推定値54.0%29.7%無作為化試験後の延長追跡による評価
5年生存率の推定値58.4%43.7%移植時などで打ち切るKaplan–Meier解析。移植後まで含む全経過の生存率ではない

2022年の5年報告は、元の試験の延長観察です。2年時点で補助を継続していた536人のうち、477人から2年以降の情報を得ています。HM3の長期的な優位性を支持しますが、追跡できない患者や限定的な追跡情報があり、全員を5年間完全追跡した新しい無作為化試験と同じ強さではありません。[11]

2026年の日本の成績:国内2施設の364人

大阪大学と国立循環器病研究センターから、2010〜2023年の初回植込み患者364人を後方視的に比較した報告が出ています。HM3は168人、HeartMate IIは196人でした。5年の脳卒中・ポンプ交換を伴わない複合転帰の推定値は75%対52%、生存率は90%対85%でした。生存率の差は統計学的に有意ではありませんでした(P=0.44)。[12]

この研究ではHM3群で脳卒中、出血、ポンプ血栓が少ない一方、再入院、ドライブライン感染、晩期右心不全に有意差を認めませんでした。機器の進歩によって減った問題と、長期管理に残る問題を分けて示す結果です。

10 · ANTITHROMBOTIC THERAPYワルファリンは必要?アスピリンを見直したARIES-HM3

HM3でも血栓予防のための抗凝固療法は重要です。一般にワルファリンなどのビタミンK拮抗薬を用い、国際的にはPT-INR 2.0〜3.0を標準的な目標範囲とすることが多い一方、出血・血栓歴や国内の使用条件、施設方針に応じて個別化します。アスピリンの省略と、抗凝固療法の中止は別の話です。[16]

ARIES-HM3試験は何を検証したか

2023年のARIES-HM3は、HM3植込み後の患者628人をアスピリン100mg/日とプラセボに割り付けた二重盲検試験です。両群ともビタミンK拮抗薬を使用し、目標INRは2.0〜3.0でした。12か月時点の非手術関連主要血液適合性イベントを伴わない生存について、アスピリンを省略する方針の非劣性が示されました。非手術関連の主要出血イベントは相対的に約34%減り、血栓塞栓イベントの有意な増加は認めませんでした。[13]

これはHM3の血液適合性の改善を、薬物治療を減らして出血を抑える方向へつなげた重要な結果です。ただし、他の機種へそのまま当てはめることはできません。最近の冠動脈ステント留置など別の抗血小板療法の適応がある場合も含め、国内の最新電子添文・関連指針を確認し、植込み・管理施設が判断します。

11 · PUMP PARAMETERSHM3の表示を読む:Speed・Flow・Power・PI

HM3の状態は、4つの基本パラメータを普段の値や症状と照合して読みます。単一の数値だけでは、脱水、右心不全、閉塞などを診断できません。[17]

表示何を表すか解釈の注意
Speed(rpm)ローターの回転数同じ回転数でも血圧や左室充満で流量は変わる
Flow(L/min)回転数・電力・設定ヘマトクリットから計算する推定流量直接測定ではなく、患者の有効全身血流量とも同義ではない
Power(W)ポンプの消費電力上昇はポンプ血栓などの手がかりになり得るが、流量や血行動態の影響も受ける
PI流量の拍動性を反映する指標心拍数ではない。自己心の収縮、充満、血圧、回転数などで変化する

「Flow 5L/min」でも、全身に5L/min届いているとは限らない

表示されるFlowはポンプ流量の推定値です。自己心から大動脈弁を通る血流は別に存在し、大動脈弁逆流が強ければポンプが送った血液の一部が左室へ戻ります。表示流量が保たれていても、有効な全身血流が十分とは限りません。

PIイベントは「吸引が起きた証拠」ではない

PIイベントでは回転数を一時的に下げる制御が働きますが、すべてが吸引現象によるものではありません。咳、不整脈、循環血液量や血圧の変化などでも起こり得ます。頻回なら、その時点の症状、体液量、血圧、心電図、心エコー、機器ログを確認します。

12 · COMPLICATIONSHM3で減った問題と、今も残る合併症

右心不全:左心補助だけでは解決しない

HM3は右室から肺へ血液を送る働きまでは代行しません。左心補助で肺うっ血・肺循環負荷が軽くなることが期待される一方、増えた静脈還流に右室が対応できない場合や、中隔の位置が変わる場合には右心不全が問題になります。うっ血と低流量が同時に起こることもあり、「低流量だから脱水」と決めつけることはできません。[15]

消化管出血:抗凝固だけが原因ではない

連続流ポンプでは、せん断応力によるvon Willebrand因子の高分子マルチマー減少、拍動性の変化、消化管血管異形成などが出血に関係します。ワルファリンや抗血小板薬が加わると出血リスクはさらに変化します。HM3で血液適合性が改善しても、黒色便や貧血の進行を見逃さない管理が必要です。[16]

ドライブライン感染:皮膚を貫く構造が残る

ドライブラインの出口は、体外と体内をつなぐ場所です。発赤、痛み、排膿、発熱は感染の手がかりになります。創部を清潔に保つだけでなく、ケーブルの牽引や摩擦を減らす固定も大切です。国内2施設の比較でも、ドライブライン感染に機種間の有意差は示されませんでした。[12][15]

脳卒中・ポンプ血栓:少なくなってもゼロではない

ポンプ血栓が減っても、心房細動、大動脈基部や心腔内の血栓、感染、高血圧、抗凝固療法など、脳梗塞・脳出血に関わる要因は残ります。血圧、PT-INR、溶血を示唆するLDHなどの推移、神経症状を総合します。

大動脈弁逆流:ポンプ内でなく、循環全体の問題

長期補助で大動脈弁が開きにくい状態が続くと、弁の変化や逆流が問題になることがあります。強い逆流では「左室→HM3→大動脈→左室」という再循環が生じ、ポンプ流量の表示に比べて全身へ届く血液が減ります。回転数を増やすだけでは解決せず、血圧、弁、右心機能を含めた評価が必要です。[15]

流出路閉塞:ポンプが回っていても血液が出ていかない

流出人工血管のねじれ、屈曲、吻合部の問題、血管外側からの圧迫などでも流量は低下します。特に外因性流出グラフト閉塞(extrinsic outflow graft obstruction:EOGO)では、流出人工血管とその周囲の被覆構造の間に生体由来物質が蓄積し、グラフトを外から圧迫する問題が報告されています。管の内側に血栓ができる病態とは区別が必要です。[20]

2026年までの安全性情報をどう扱うか

製造元はEOGOのほか、コントローラ、外部電源などについても安全性情報を更新しています。2026年5月には一部の11Vバックアップバッテリに関する通知も公表されています。海外の対象製造番号・部品の通知を、国内のすべての患者さんに一律に当てはめることはできません。装着中の構成品と国内通知の該当性を、管理施設が確認します。[20]

13 · INDICATIONSどのような患者さんが対象になるのか

主な対象は、薬物治療や適応のあるCRTなどを行っても症状、低心拍出、うっ血が強く残る進行した心不全です。LVEFが低いという理由だけで決めることはできず、右心機能、肝腎機能、肺血管抵抗、感染、フレイル、認知・自己管理能力、生活支援、本人の希望を含めて評価します。HFpEFや小さな左室にも一律に適応できる治療ではありません。[1]

目的意味
BTTBridge to transplantation。心臓移植まで循環を支える
BTCBridge to candidacy。臓器機能や肺高血圧などの改善を図り、移植適応を再評価する
BTRBridge to recovery。自己心機能の回復後、専門的評価を経て離脱を目指す
DTDestination therapy。移植を前提とせず、長期に生活を支える
BTD/BTB判断や次の治療への橋渡し。一時的補助で状態を立て直し、長期植込型VADなどへの移行を検討する

日本のDTは、2026年9月30日改定のVAD協議会基準で、Stage D、INTERMACS profile 2〜4などを含む選択・除外条件が定められています。65歳以上では条件が追加され、年齢だけでなく他臓器機能、栄養、高次機能を慎重に評価します。ケアギバーや在宅治療体制も適応判断の一部です。[18]

「もう限界になってから相談」では遅いことがある

心不全入院の反復、静注強心薬から離脱できない、低血圧で治療を維持しにくい、腎肝機能や栄養状態の悪化などは、重症心不全専門施設への紹介を考える手がかりです。重いショックや多臓器障害が進む前に評価することが重要です。最重症のショックでは、一時的補助循環で臓器灌流を立て直し、回復可能性や長期治療への適応を判断する戦略もとられます。

DTは「機械を付ければ終わる治療」ではありません。予測される利益、手術・長期合併症、介護負担、将来の意思決定を共有し、本人の価値観に合うかを話し合います。緩和ケアやACPも、治療前から並行して考える内容です。

14 · LIVING WITH LVADHM3と暮らす:退院後に必要な管理

HM3の意義は、入院中の循環を保つことに加え、患者さんが日常生活へ戻る可能性を広げることです。そのためには機器の操作訓練、服薬、創部管理、運動療法、家族・支援者の協力、緊急時連絡体制を整えます。

  • 電源:両方の外部電源を同時に外さず、所定の順序で交換します。予備バッテリ・予備コントローラ、停電時の対応を準備します。
  • ドライブライン:出口の観察と施設で指導された処置を続け、引っ張られたり擦れたりしないよう固定します。
  • 体調:体重、むくみ、息切れ、発熱、便の色、普段の機器表示との違いを記録します。
  • 採血・血圧:PT-INR、血算、腎肝機能、溶血所見などを確認します。脈圧が小さい場合、通常の自動血圧計では測れず、ドプラ法などが必要になります。
  • 検査・生活:HM3装着中はMRIを受けられません。入浴や水泳など機器が水没する行動を避け、シャワーも専用保護具と施設の許可・指導に従います。
  • 心不全治療:体液量、血圧、自己心・右心機能をみながら、適応のある心不全薬やリハビリを継続します。

出典:[2][15][22]。具体的な操作は現在使用している機器の取扱説明書と管理施設で受けた訓練に従います。

15 · TOTAL ARTIFICIAL HEART全置換型人工心臓の違いと、次の課題

LVADが進歩しても、重症の右心不全や複雑な心臓病では左心補助だけでは十分でないことがあります。そのためTAHの開発も続いてきました。代表機器は、見た目だけでなく、駆動方式と電力供給の考え方が異なります。

機器・系列設計上の特徴歴史上の位置づけ
Jarvik-7 → CardioWest/SynCardia左右の人工心室を空気圧で動かす拍動流型。人工弁と体外の駆動装置を用いる全置換型による移植への橋渡しの臨床経験を蓄積
AbioCor電気油圧駆動。経皮的エネルギー伝送を用い、皮膚を貫く駆動ラインをなくす全植込型を目指した2001年からの臨床試験で、無線給電を含む全植込化へ挑戦
CARMAT/Aeson生体組織を用いた血液接触面、電気油圧駆動、センサーに応じた流量調節を組み合わせる拍動流型血液適合性と自動的な生理応答を目指す開発
BiVACOR磁気浮上する単一のローターで体循環・肺循環を支える回転型TAH2024年に米国の早期実行可能性試験で初のヒト植込みが報告された

この表は設計と開発史の比較です。国内での承認・保険適用、現在の供給、治験参加可能性を示す一覧ではありません。新しいTAHの初期臨床報告から、HM3と同等の長期成績が確立したとは判断できません。[23–26]

これからの人工心臓に求められること

残る課題は、ドライブラインをなくす安全な経皮的給電、運動や睡眠に応じた流量制御、右心を含む循環全体の支援、出血・感染の低減、体格の小さな患者への対応、生活・介護負担の軽減です。無線給電には発熱や位置ずれへの対策が必要で、左右のポンプを置換するなら体循環と肺循環の流量バランスも保たなければなりません。

HM3は長期VAD治療の成績を改善しましたが、生体心のすべての機能を代行する装置ではありません。機器単体の耐久性だけでなく、患者さんが合併症を少なく、希望する生活を続けられる期間をどう延ばすかが、次の進歩を評価する軸になります。

16 · HIMEJI姫路市で心不全・息切れ・むくみにお悩みの方へ

人工心臓は、すべての心不全患者さんに必要な治療ではありません。多くの患者さんでは、原因の評価と適切な薬物治療、生活習慣病管理、弁膜症や不整脈への対応が治療の中心になります。

次の変化がある場合は、早めに医療機関へ相談してください。

  • 以前より短い距離で息切れする、休憩が増えた
  • 足のむくみや数日間の体重増加がある
  • 横になると息苦しく、上半身を起こして寝ている
  • 心不全による入院を繰り返している
  • 食欲低下、強い倦怠感、尿量の減少が続く

えぷろんクリニックには循環器専門医と呼吸器専門医が在籍し、診察、血圧管理、採血、心電図、必要に応じた心エコーなどで、息切れやむくみの原因を評価します。院長は国立循環器病研究センター移植医療部で重症心不全・移植・VAD患者の管理を経験し、現在もはりま姫路総合医療センターで重症心不全診療に関わっています。

人工心臓の植込み手術や機器設定の調整は、実施・管理体制のある専門施設が担当します。当院では初期評価、生活習慣病・心不全の継続診療、必要な専門施設への紹介を行います。LVAD装着後の地域診療は、植込み・管理施設と役割を共有して検討します。[27]

姫路市で心不全、息切れ、むくみにお悩みの方、生活習慣病や心臓の病気が心配な方は、えぷろんクリニックまでご相談ください。症状や検査結果を確認しながら、必要に応じて適切な検査や専門医療機関との連携を行います。

一般外来のWEB予約循環器内科のご案内

関連する解説:心不全について/右心カテーテルとSvO₂/ECMO・Impella・IABPの違い

17 · FAQ人工心臓・HeartMate 3のよくある質問

Q. HM3を植え込むと、自分の心臓はなくなりますか?

なくなりません。自己心を残して、左室から大動脈へ血液を送る補助経路をつくります。両心室を置換するTAHとは異なります。

Q. 人工心臓は、心臓移植までしか使えませんか?

移植への橋渡しだけでなく、移植を前提としない長期治療であるDTもあります。日本では定められた適応基準と実施体制のもとで検討します。

Q. HM3があればワルファリンをやめられますか?

自己判断で中止できません。アスピリンを省略したARIES-HM3でも、ビタミンK拮抗薬は継続していました。薬と目標INRは管理施設が決めます。

Q. HM3は何年使えますか?

数年にわたる補助の臨床成績がありますが、一律の寿命や使用年数は約束できません。5年生存率は装置そのものの耐用年数でもなく、個人の経過を予測する数字でもありません。

Q. 姫路で人工心臓が必要か相談できますか?

えぷろんクリニックの内科・循環器内科で、心不全の評価や専門施設への紹介についてご相談いただけます。適応の確定、植込み、機器管理は専門施設で行います。

18 · REFERENCES参考文献・公式資料

  1. 日本循環器学会・日本心不全学会.2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.英語版:Kitai T, et al. Circ J. 2025;89:1278–1444. DOI・公式本文
  2. 日本循環器学会ほか.2021年改訂版 重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン.公式PDF.旧来機器の構造・在宅管理の背景に使用し、後年の試験・基準変更を別途反映。
  3. Liotta D. Early Clinical Application of Assisted Circulation. 開発当事者による記録
  4. Cooley DA. The Total Artificial Heart as a Bridge to Cardiac Transplantation. 2001. 開発・手術当事者による記録
  5. DeVries WC, et al. Clinical Use of the Total Artificial Heart. N Engl J Med. 1984;310:273–278. 原著
  6. Rose EA, et al. Long-Term Use of a Left Ventricular Assist Device for End-Stage Heart Failure. N Engl J Med. 2001;345:1435–1443. REMATCH原著
  7. Slaughter MS, et al. Advanced Heart Failure Treated with Continuous-Flow Left Ventricular Assist Device. N Engl J Med. 2009;361:2241–2251. 原著
  8. 許 俊鋭.補助人工心臓の臨床導入から植込型LVADによるDestination Therapy(DT)導入までの軌跡.循環器専門医.2022;31:127–131. 日本の機器導入史・当事者による記録
  9. Bourque K, et al. Design Rationale and Preclinical Evaluation of the HeartMate 3 Left Ventricular Assist System for Hemocompatibility. ASAIO J. 2016;62:375–383. 設計・前臨床評価の原著
  10. Mehra MR, et al. A Fully Magnetically Levitated Left Ventricular Assist Device—Final Report. N Engl J Med. 2019;380:1618–1627. MOMENTUM 3最終報告
  11. Mehra MR, et al. Five-Year Outcomes in Patients With Fully Magnetically Levitated vs Axial-Flow Left Ventricular Assist Devices in the MOMENTUM 3 Randomized Trial. JAMA. 2022;328:1233–1242. 5年延長追跡の原著
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  13. Mehra MR, et al. Aspirin and Hemocompatibility Events With a Left Ventricular Assist Device in Advanced Heart Failure: The ARIES-HM3 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330:2171–2181. ARIES-HM3原著
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  18. 補助人工心臓治療関連学会協議会.DT部会・DT実施基準.2026年9月30日改定版を確認。
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  20. Abbott. HeartMate 3 Product Advisories.EOGO、電源・コントローラ、2026年5月バックアップバッテリ通知を確認。海外情報の国内適用は個別確認が必要。
  21. 国立循環器病研究センター研究所 人工臓器部.人工臓器部の研究・開発史
  22. Abbott. HeartMate 3 取扱説明書・患者ハンドブック等.機器操作・生活上の注意。医療機器承認番号:23100BZI00006000。
  23. Copeland JG, et al. Cardiac Replacement with a Total Artificial Heart as a Bridge to Transplantation. N Engl J Med. 2004;351:859–867. CardioWest原著
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  25. Carpentier A, et al. CARMAT Total Artificial Heart. Eur J Cardiothorac Surg. 2014;46:933–938. 開発原著
  26. Texas Heart Institute. The Texas Heart Institute Implants BiVACOR Total Artificial Heart. 2024年7月25日。初回臨床植込みに関する実施施設の発表。
  27. えぷろんクリニック.循環器内科/医師紹介・当院について.診療内容と医師情報を確認。
  28. Kohno H, et al. The Jarvik 2000 Left Ventricular Assist Device as a Bridge to Transplantation: Japanese Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support. J Heart Lung Transplant. 2018;37:71–78. 国内レジストリ原著
  29. Fraser CD Jr, et al. Prospective Trial of a Pediatric Ventricular Assist Device. N Engl J Med. 2012;367:532–541. EXCOR原著
  30. Sakaguchi T, et al. DuraHeart Magnetically Levitated Left Ventricular Assist Device: Osaka University Experience. Circ J. 2013;77:1736–1741. 原著
  31. Yamazaki K, et al. An Implantable Centrifugal Blood Pump With a Recirculating Purge System (Cool-Seal System). Artif Organs. 1998;22:466–474. 設計原著

図表は参考資料をもとに解説用として独自作成しています。試験の数値は対象・評価期間・定義を併記し、異なる研究間の直接比較は行っていません。製品名は各権利者の商標です。