経皮的左心耳閉鎖術とは?
― 血のかたまりができやすい場所に、ふたをする ―
第19回 から6回にわたってお届けしてきた不整脈のお話は、前回の 第24回 で一区切りとしました。今回は 番外編 として、心房細動とかかわりの深い治療をひとつお届けします。
心房細動で脳梗塞を防ぐには、血のかたまりを防ぐお薬 がとても大切です。前回も「脈が整っても、このお薬は別」とお話ししました。けれど、出血しやすいなどの理由で、お薬を長く続けにくい方 もいます。そうした方のための治療が、経皮的左心耳閉鎖術(けいひてき・さしんじ・へいさじゅつ) です(使う器具の名前から「ウォッチマン」と呼ばれることもあります。いまは、ほかの会社の器具もあります)。経皮的左心耳閉鎖術とはどんな治療で、どんな方が対象になり、治療のあとに何が大切なのか。やさしくお話しします。
01左心耳ってどこ? ― 血のかたまりができやすい「小さな袋」
心臓には4つの部屋があります。そのうち、肺からもどってきた血液を受けとる部屋が 左心房(さしんぼう) です。この左心房の壁から、小さな袋のようなでっぱりが飛び出しています。これが 左心耳(さしんじ) です。形が耳に似ていることから、この名前がつきました。
左心耳の中はでこぼこしていて、行き止まりの袋 になっています。脈が規則正しいときは、心房がしっかり縮むので、袋の中の血液もきちんと押し出されます。ところが心房細動になると、心房は細かくふるえるだけで、しっかり縮まなくなります(第21回)。すると、袋の中で血液がよどんでしまうのです。

流れのゆるやかな川岸のくぼみに、落ち葉がたまりやすいのと似ています。心房細動で心臓の中にできる血のかたまりは、その多くが左心耳の中でできる と考えられています。このかたまりが流れ出して脳の血管をふさぐと、脳梗塞になります。
心房細動で脳梗塞が起こるのは、心臓の中でできた血のかたまりが流れていくから。そのかたまりが 生まれる場所の多くが、左心耳 です。
02経皮的左心耳閉鎖術とは ― 入り口に「ふた」をする治療
そこで考えられたのが、血のかたまりができやすい 左心耳の入り口を、ふさいでしまう という方法です。
経皮的左心耳閉鎖術とは、カテーテルで、左心耳の入り口にふたをする治療 です。「経皮的(けいひてき)」は、皮膚に小さな穴をあけて、カテーテルという細い管で行うこと。「閉鎖術」は、閉じる治療という意味です。胸を開く手術ではありません。
ふたには、金属の細い骨組みに薄い膜を張った、小さな傘のような形の器具 を使います。カテーテルの中に折りたたんで心臓まで運び、左心耳の入り口で広げて固定し、そのまま心臓の中に置いてきます。こうして、左心耳でできた血のかたまりが流れ出さないようにし、脳梗塞を起こしにくくする のです。
なお、心臓の手術を受けるときに あわせて左心耳を閉じる ことや、胸に小さな穴をあけ、カメラを使って行う手術で左心耳を閉じる方法もあります。どの方法が合うかは、治療を行う病院が判断します。
03どんな方が対象になるの?
まず、大切なことをお伝えします。心房細動で脳梗塞を防ぐ方法の中心は、今もお薬(血のかたまりを防ぐお薬) です。経皮的左心耳閉鎖術は、そのお薬を長く続けることがむずかしい理由がある方の、もうひとつの選択肢 です。
対象になるのは、おもに次の3つにあてはまる方です。
| 脳梗塞のなりやすさが高い | 年齢、高血圧、糖尿病、心不全、これまでに脳梗塞を起こしたことがあるか ―― こうした要素から見て、本来は血のかたまりを防ぐお薬を続けたほうがよい 方です。 |
|---|---|
| 出血しやすい理由がある | お薬を長く続けると、出血の心配が大きい 方です。たとえば、 ・大きな出血を起こしたことがある(脳の出血や、輸血が必要になるほどの出血など) ・転んでけがをし、治療を受けたことが何度もある ・脳の血管が出血しやすい状態だと言われている ・心臓の血管の治療などで、血液をサラサラにするお薬を長く何種類も使う必要がある ・高血圧、腎臓や肝臓のはたらき、ほかのお薬など、出血に関わる要素がいくつも重なっている |
| 治療のあとしばらくは、お薬を使える | 治療のあとしばらくのあいだは、ふたに血のかたまりがつかないよう、お薬が必要 です。そのため、短い期間ならお薬を使えることも条件になります。 |
実際に受けるかどうかは、出血のしやすさ、脳梗塞のなりやすさ、左心耳の形や大きさ、治療に耐えられる体の状態などをあわせて、治療を行う病院のチームが判断 します。チームには循環器の医師だけでなく、脳卒中の専門の医師 もかかわります。
「同じ心房細動の知り合いは、この治療を受けたのに」と思われることがあるかもしれません。対象になるかどうかは、こうした条件を一人ひとり見て決まります。理由は必ずありますので、気になるときは遠慮なく主治医にお尋ねください。
機械弁 が入っている方(第15回)のように、心房細動とは別の理由で血のかたまりを防ぐお薬が必要な方は、左心耳にふたをしても、お薬をやめることはできません。そのため、この治療の対象にはなりません。
なお、この治療は国内外で今も研究が続いています。どんな方に向くかという考え方は、今後見直されることがあります。
04お薬と、ふた ― よくある2つの誤解
お薬とふたは、どちらも脳梗塞を防ぐための方法ですが、しくみが違います。お薬は、毎日続けることで、体の中で血のかたまりをできにくくする 方法。ふたは、かたまりが生まれやすい場所を閉じる 方法です。ただし、ふたの治療にも、心臓の中でカテーテルを使うことによる負担や危険があります。どちらが合うかは、利益と負担を天秤にかけて 決めます。
ここで、よく耳にする誤解を2つ整理しておきましょう。
ふたをすれば、心房細動が治る
心房細動そのものを治す治療ではありません。脈の乱れは続くので、脈の治療や、血圧などの土台づくりはそのまま続きます。また、左心耳の外でできるかたまりや、血管の動脈硬化による脳梗塞を防ぐものでもありません。
治療すれば、すぐにお薬がいらなくなる
治療のあとしばらくは、ふたを守るために お薬が必要 です。その後、検査の結果を見ながら段階的に見直していきますが、お薬がまったくなくなるとは限りません。
05どんな流れで行うの?
施設によって違いはありますが、一般的な流れは次のとおりです。
治療前の検査
かかりつけで、心電図・心エコー図検査(第6回)・血液検査 などを行い、治療を行う病院へ紹介します。紹介先の病院では、左心耳の形や大きさ、中に血のかたまりがないかを調べるため、CT や 食道から心臓を見る心エコー図検査(第7回)が行われます。金属アレルギーがある方は、事前にお伝えください。
麻酔をして、苦痛をおさえる
全身麻酔、または眠くなるお薬を使って行います。方法は施設によって異なります。
足の付け根の静脈から、カテーテルを心臓へ
右心房から 心房のあいだの壁を通って、左心房 へ入ります。第24回でお話ししたアブレーションと同じ通り道です。
左心耳の入り口で、ふたを広げる
エコーやエックス線で見ながら、大きさの合ったふたを入り口で広げます。位置や固定、すき間がないこと を確かめてから、カテーテルから切り離します。
入院して経過を見る
足の付け根の傷や、心臓の状態を確かめてから退院します。入院の期間は、施設や経過によって異なります。

06治療のあと ― お薬・検査・気をつけること
ふたが、自分の体になじむまで
置いたふたの表面は、時間をかけて、自分の体の薄い膜でおおわれていきます。それまでのあいだは、ふたの表面に血のかたまりがつかないよう、お薬で守る 必要があります。
しばらくして、食道から心臓を見る心エコー図検査やCTで、ふたがきちんと閉じているか、表面にかたまりがついていないか を確かめます。その結果を見ながら、お薬を段階的に見直していきます。お薬の種類や期間は、人によって、また治療を行う病院の方針によって違います。血液をサラサラにするお薬は、その後も続くことが多く、お薬がまったくなくなるとは限りません。

治療を受けたからといって、血のかたまりを防ぐお薬を、すぐにやめられるわけではありません。治療のあとしばらくは、ふたを守るためにお薬がとても大切です。ご自分の判断で、お薬を決してやめないでください。減らす・やめるは、必ず治療した病院の指示にしたがってください。
起こりうる合併症
心臓の中で行う治療なので、まれに 心臓のまわりへの出血、ふたが正しい位置からずれる、ふたの表面に血のかたまりがつく、脳梗塞、足の付け根の出血 などが起こることがあります。どんなことが起こりうるかは、治療を行う病院から事前にくわしい説明がありますので、気になることは遠慮なくお尋ねください。ふたの表面のかたまりは、時間がたってから見つかることもあるため、治療のあとも定期的に確認 していきます。
退院したあと、次のようなときは、様子を見ずに、早めに治療した病院へご連絡ください。
・足の付け根が 腫れる、痛みが強くなる、出血する
・胸の痛みや 息苦しさ がある
・熱が続く
・血が止まりにくい、黒い便が出る など、出血のサインがある
なお、顔や手足のまひ、ろれつが回らないなど、第21回でお話しした 脳梗塞を疑うサイン が出たときは、ためらわず救急要請をしてください。
ほかの病院や、検査を受けるとき
治療のあとしばらくは、歯の治療などを受ける前に、左心耳閉鎖術を受けたことを伝えてください。MRIなどの検査を受けるときも、必ず申し出ましょう。
07治療のあとも、心房細動とのお付き合いは続く
左心耳にふたをしても、心房細動そのものは続きます。脈が速くなりすぎていないかの確認や、脈を落ち着かせる治療は、これまでどおり大切です。
また、第21回でお話しした 心房細動の「土台」 ―― 高血圧、お酒の飲みすぎ、肥満、睡眠時無呼吸などを整えることも続けましょう。とくに 高血圧は、脳梗塞にも、脳の出血にも関わります。出血しやすい方こそ、血圧の管理が大切です。
当院でできること
えぷろんクリニック(兵庫県姫路市)では、心電図・24時間ホルター心電図・心エコー図検査・血液検査 を院内で行っています。これまでの出血のことや、飲んでいるお薬もうかがったうえで、左心耳閉鎖術が合いそうな方は、学会の認定を受けた専門の病院 へご紹介します。紹介先の病院でも、治療前にあらためて検査が行われます。
治療のあとしばらくのあいだは、治療した病院で経過を見ていきます。その後は、当院でお薬の継続、血圧や心房細動の管理、貧血がないかの確認 を続けることができます。ふたの状態を確かめる検査は、治療した病院で受けていただきます。
08最後に ― お薬で迷ったら、やめる前にご相談を
心房細動で脳梗塞を防ぐお薬は、とても頼りになる一方で、出血という心配 がつきまといます。「お薬を続けるのがこわい」「前に出血したことがあって不安」―― そんな気持ちを抱えている方もいらっしゃると思います。
そうしたとき、ご自分の判断でお薬をやめてしまうのが、いちばん危険 です。お薬の見直しや、今回の左心耳閉鎖術のように、選べる方法は広がっています。不安なときは、やめる前に、まずご相談ください。一緒に考えていきましょう。
※ 心房細動の治療や左心耳閉鎖術の考え方については、日本循環器学会のガイドライン(専門家向け)でも公開されています。より詳しく知りたい方は、あわせてご参照ください。
えぷろんクリニックのご案内
当院について
えぷろんクリニックは、姫路市飾磨区にある循環器内科・呼吸器内科・内科のクリニックです。これまで地域に親しまれてきた「田中クリニック」の理念を引き継ぎ、2025年12月より新たな名前で診療を続けています。
- 循環器専門医と呼吸器専門医の両方が在籍し、息切れや胸の症状の原因を総合的に診断します
- 院内に心エコー図・心電図・血液検査・呼吸機能検査などを備え、必要な初期検査を当日に行えます
- 兵庫県立はりま姫路総合医療センター・姫路医療センターなどと連携し、入院・手術や精密検査が必要な場合もスムーズにご紹介します
- 院長は兵庫県立はりま姫路総合医療センターでも診療を行っており、心不全外来・地域連携にも携わっています
- 在宅酸素・人工呼吸器対応や終末期ケアを通じて、ご自宅での療養も支えています
診療理念
「心に寄り添い、信頼される医療の提供」
医学的根拠に基づいた正確な医療を提供しつつ、患者さまとの信頼関係を大切にした診療を行っています。患者さまと丁寧に向き合い、納得いただける治療方針を共に考え、地域の皆さまにとって 「いつでも相談できる、安心できる存在」 となれるよう努めています。