三尖弁閉鎖不全症(逆流症)ってどんな病気?
― 近年注目されている弁膜症 ―
「足のむくみがなかなか取れない」
「お腹が張って、食欲が落ちている」
「なんとなく、いつもだるい」
――そんな症状の陰に、心臓の右側にある“もうひとつの弁”の不調が隠れていることがあります。今回は、長らく「忘れられた弁」とも呼ばれてきた三尖弁の病気について、やさしくお話しします。
01三尖弁って、どこにあるの?
心臓には4つの「弁(ドア)」があります(→第1回をご参照ください)。これまでの第2回・第3回では、心臓の 左側 にある大動脈弁・僧帽弁のお話をしてきました。
今回ご紹介する 三尖弁(さんせんべん) は、心臓の 右側、右心房と右心室の間にあるドアです。「三尖」という名前の通り、3枚の葉でできています。
三尖弁の役割は、右心室から肺へ血液が送り出されるときに、右心房へ血液が逆戻りしないように防ぐことです。全身を巡って戻ってきた血液は、まず右心房に入り、三尖弁を通って右心室へ、そこから肺へと送られます。
この三尖弁がきちんと閉まらなくなり、血液が右心房へ逆流してしまう病気が、三尖弁閉鎖不全症(さんせんべん へいさふぜんしょう)、別名 三尖弁逆流症 です。
三尖弁閉鎖不全症は、長らく「忘れられた弁(forgotten valve)」とまで呼ばれ、注目されにくい病気でした。しかしここ数年、新しい治療法の登場とともに、大きく注目されるようになってきています。
02なぜ起こるの? ― ほとんどは「他の病気の影響」
三尖弁閉鎖不全症の原因は、第3回の僧帽弁逆流症と同じように、大きく 「一次性」と「二次性」 の2つに分けられます。
弁そのものの異常
弁そのものに、生まれつきの異常、感染、リウマチ熱の後遺症、ペースメーカーのリードの影響などがあるタイプ。
弁は正常 ― でも周りに原因
弁そのものは大きな問題がないのに、心臓の他の場所の負担が原因で、結果的に弁が閉じきれなくなるタイプ。
三尖弁の場合、圧倒的に二次性が多いのが大きな特徴です。「弁そのものは正常なのに、周りの事情で逆流が起きる」――ここがこの病気を理解するうえでの一番のポイントです。
二次性が起こる主なきっかけ
二次性の三尖弁閉鎖不全症は、次のような病気の 「結果として」 起こります。
- 心房細動(しんぼうさいどう):脈が乱れる不整脈です。長く続くと心房が引き伸ばされ、三尖弁の付け根(弁輪)が広がって、弁が閉じきれなくなります。
- 左側の心臓の病気:大動脈弁狭窄症や僧帽弁逆流症などで左心系に負担がかかると、それが「上流」へと及び、最終的に右心室・三尖弁にしわ寄せが来ます。
- 肺高血圧症:肺の血管の圧が上がる病気です。右心室は無理して肺へ血液を押し出そうとし、やがてくたびれて広がり、三尖弁が閉じにくくなります。
- 心不全:原因はさまざまですが、心臓全体の機能が落ちると右心系にも負担が及びます。
つまり三尖弁の逆流は、三尖弁だけの問題ではなく、心臓全体の「お疲れサイン」として現れることが多いのです。だからこそ、原因となっている病気をきちんと診ることが大切になります。
03症状 ― 「足のむくみ」が主役です
第2回・第3回でお話しした大動脈弁・僧帽弁の病気では、息切れが主な症状でした。これは、心臓の左側に問題があると、「上流」にあたる肺に水分が うっ滞(うっ血・鬱血) して、呼吸が苦しくなるためです。病院の同意書や説明書でもよく使われる言葉ですが、要するに 「血液が流れにくくなって、たまっている状態」 のことです。
一方、三尖弁は心臓の右側にあるため、上流は 全身の静脈 です。逆流があると、全身の静脈に血液がうっ滞し、次のような症状として現れます。
特に大切な3つのサイン
- 足のむくみ:夕方になると靴下のあとがくっきり残る、靴がきつくなる、すねを指で押すとへこみが残る、など。三尖弁の逆流で最も多く見られるサインです。
- お腹の張り・食欲低下:肝臓に血液がうっ滞することで肝臓が腫れ、重症になるとお腹に水(腹水)がたまります。「最近、ご飯がすぐお腹いっぱいになる」「ベルトがきつい」という訴えが手がかりになります。
- なんとなくだるい・疲れやすい:心臓から全身に送り出される血液の量が減るため、いつも倦怠感があり、活動量が落ちていきます。
これらの症状は、「年のせい」「夏のむくみ」「食べすぎ」と片付けられがちです。利尿剤(むくみを取る薬)を飲んでも改善しない、あるいは何度もぶり返すむくみがある方は、一度心臓の評価を受けてみることをおすすめします。
04どんな検査をするの?
三尖弁閉鎖不全症の診断と評価は、これまでの弁膜症と同じく、心エコー図検査が中心になります。
- 聴診:弁の逆流による特徴的な雑音を聴き分けます。ただし三尖弁の雑音は弱いことも多く、聴診だけでは見逃されることもあります。
- 心電図:心房細動など、原因となる不整脈がないかを確認します。
- 胸部レントゲン:心臓の大きさ、特に右心系の拡大を見ます。
- 心エコー図検査 ★最も大切:逆流の程度、右心房・右心室の大きさ、ほかの弁の状態、肺高血圧の有無まで、まとめて評価できます。
- 血液検査:心臓への負担を示すBNPや、肝臓のうっ血の程度を示す肝機能の数値などをチェックします。
三尖弁閉鎖不全症は、「弁そのもの」だけでなく、その背景にある原因(不整脈、左の弁の病気、肺高血圧など)も含めて全体を見ることが、とても大切です。心エコー図検査はそのために欠かせない検査です。
05治療の選択肢
三尖弁閉鎖不全症の治療は、その原因と重症度によって大きく変わります。
| ① 原因となる病気の治療 | 二次性が多い三尖弁逆流症では、これが治療の基本です。心房細動・心不全・左側の弁の病気・肺高血圧などをしっかり治療することで、三尖弁の逆流も軽くなることがあります。 |
|---|---|
| ② お薬による治療 | むくみを取る 利尿剤 が中心です。むくみや腹部の張りが楽になり、生活の質が改善します。ただし、弁そのものを治すお薬はありません。 |
| ③ 弁を治す治療 | 薬では追いつかない重症の場合に検討します。外科手術 と、近年登場した カテーテル治療 の2つの方法があります。 |
外科手術
胸を開いて、広がった弁の付け根(弁輪)を縫い縮める 弁輪形成術(べんりんけいせいじゅつ) が中心です。弁そのものに大きな傷みがある場合には、人工弁に取り換える 弁置換術 を行うこともあります。
ただし、三尖弁の手術は、ほかの心臓手術と同時に行うことが多く、三尖弁単独での手術は、ご高齢の方や全身状態の良くない方には負担が大きいことが課題でした。
カテーテル治療 ― 新しい選択肢
そこで近年期待されているのが、カテーテル的三尖弁修復術 です。足の付け根の静脈から細い管(カテーテル)を心臓まで進め、閉じきれない弁を「クリップ」のような器具でつまみ合わせることで、逆流を減らす治療です。
僧帽弁逆流症に対するカテーテル治療(第3回でご紹介しました)と仕組みはよく似ていますが、三尖弁用に工夫されたデバイスが使われます。
胸を開かず、心臓も止めずに行えるため、ご高齢の方や、これまで手術が難しかった方にも検討できる治療として期待されています。
06最新トピックス ― 日本でも始まったばかりの治療
2026年3月 ― 日本でカテーテル的三尖弁修復術が保険適用に
長らく外科手術しか選択肢のなかった三尖弁閉鎖不全症ですが、2026年3月から、日本でもカテーテル治療が保険適用となりました。
海外で先行して行われた大規模な臨床試験では、薬の治療だけを続けた方々と比べて、カテーテル治療を受けた方々で 逆流の程度が大きく軽減し、生活の質が改善したことが報告されています。「忘れられた弁」と言われてきた三尖弁にも、ついに低侵襲な治療の道が開かれたわけです。
もちろん、すべての患者さんに適している治療というわけではありません。逆流の程度・右心室の働き・ほかの病気の状態などを総合的に評価したうえで、循環器内科・心臓血管外科を含む「ハートチーム」で適応が判断されます。
「忘れられた弁」から「注目される弁」へ
三尖弁の病気は、ゆっくり進むうえに症状もぼんやりしているため、これまで見過ごされがちでした。しかし、近年の研究で、中等症以上の三尖弁逆流が、患者さんの予後(その後の経過)に大きく影響することが分かってきています。
新しい治療法ができたことで、これからは「むくみが取れない」「だるさが続く」という症状に対して、「もしかしたら三尖弁かもしれない」と考える視点が、ますます大切になっていきます。
07最後に ― 「むくみ」を侮らないで
三尖弁閉鎖不全症は、息切れや胸痛のような派手な症状で気づかれることが少なく、むくみ・だるさ・お腹の張りというありふれた症状の陰に隠れていることの多い病気です。
「毎年、夏になると足がむくむ」「最近、夕方になるとお腹が張る」「年だからと思っていたけれど、なんだか疲れやすい」――そんな気になる症状があれば、一度ご相談ください。当院では 心エコー図検査 を含めた総合的な評価をいたします。必要に応じて、治療実績のある専門病院へのご紹介もいたします。
むくみは、心臓だけでなく、腎臓・肝臓・甲状腺・お薬の影響など、さまざまな原因で起こります。だからこそ、「むくみが続く」ことを我慢せず、原因を一度きちんと調べてみることが大切です。
えぷろんクリニックのご案内
当院について
えぷろんクリニックは、姫路市飾磨区にある循環器内科・呼吸器内科・内科のクリニックです。これまで地域に親しまれてきた「田中クリニック」の理念を引き継ぎ、2025年12月より新たな名前で診療を続けています。
- 循環器専門医と呼吸器専門医の両方が在籍し、息切れや動悸の原因を総合的に診断します
- 院内に心エコー図・心電図・血液検査・呼吸機能検査などを備え、必要な初期検査を当日に行えます
- 兵庫県立はりま姫路総合医療センター・姫路医療センターなどと連携し、入院・手術が必要な場合もスムーズにご紹介します
- 院長は兵庫県立はりま姫路総合医療センターでも診療を行っており、心不全外来・地域連携にも携わっています
- 在宅酸素・人工呼吸器対応や終末期ケアを通じて、ご自宅での療養も支えています
診療理念
「心に寄り添い、信頼される医療の提供」
医学的根拠に基づいた正確な医療を提供しつつ、患者さまとの信頼関係を大切にした診療を行っています。患者さまと丁寧に向き合い、納得いただける治療方針を共に考え、地域の皆さまにとって 「いつでも相談できる、安心できる存在」 となれるよう努めています。