前回(第17回)は、僧帽弁をクリップで 「つまんで直す」 カテーテル治療のお話でした。今回は、その同じ考えかたを 三尖弁(第4回)に応用した、三尖弁のカテーテル治療です。
長いあいだ「忘れられた弁」と呼ばれ、体への負担から手術がむずかしいことの多かった三尖弁。その逆流に対して、2026年3月から、日本でもこのカテーテル治療が保険で受けられるようになりました。(「TriClip(トライクリップ)」という機器の名前で耳にされた方も、いらっしゃるかもしれません。)
どんな治療なのか、どんな方に向いているのか。三尖弁のカテーテル治療を、やさしくお話しします。

えぷろんクリニック 松尾院長の弟子、ドクター・エプ子です。

このブログでは、診察室では時間が足りなくてお伝えしきれないことを、できるだけ専門用語を使わず、ゆっくりお話ししていきます。どうぞお気軽にお付き合いください。

01三尖弁の逆流と、これまでのむずかしさ

三尖弁は、右心房と右心室のあいだにある“ドア”です。全身から戻ってきた血液が、心臓から肺へ送り出されるときに通る、大切な出口の手前にあります。このドアが閉じきらなくなると、血液が右心房へ逆戻りしてしまう ―― これが 三尖弁閉鎖不全症(逆流症) です。

逆流が続くと、行き場をなくした血液が全身にたまり、足のむくみ・おなかの張り・食欲が落ちる・だるさ といった症状が出てきます。胸の痛みのようなはっきりした症状が出にくいぶん、「年のせいかな」と見過ごされやすいのが、この病気の特徴です。(病気そのものについては第4回でくわしくお話ししていますので、今回は治療のお話に絞ります。)

なぜ、手術がむずかしいことが多かったのか

三尖弁にも、胸を開いて弁の付け根を縫い縮める外科手術があります。ただ、これまでは ほかの心臓手術と一緒に行われることが多く、三尖弁だけを目的に胸を開く手術は、なかなか選ばれてきませんでした。

理由はいくつかあります。三尖弁の逆流が強くなるころには、右側の心臓の働きが落ちていたり、肝臓や腎臓に負担がかかっていたり することが少なくありません。ご高齢の方も多く、そこに胸を開く手術を加えると、体への負担が大きくなりやすいのです。

その結果、多くの方は むくみを取るお薬でしのぐ しかありませんでした。お薬は症状をやわらげてくれますが、弁の逆流そのものを治すものではありません。

こうした事情から、三尖弁は長いあいだ 「忘れられた弁」 と呼ばれてきました。けれども近年、逆流を放っておくと、その後の経過に影響することが分かってきたため、あらためて注目が集まっています。「治せるようになった」ことで、「見つけること」の意味も大きくなったのです。

02「つまんで直す」カテーテル治療とは

そこで登場したのが、今回の 三尖弁のカテーテル治療 です。経皮的三尖弁接合不全修復術、T-TEER(ティーティア) などいくつかの呼び名がありますが、指しているのはひとつの同じ治療。ここでは、いちばんイメージしやすい 「三尖弁をクリップでつまんで直すカテーテル治療」 としてお話しします。

足の付け根の静脈 から細い管(カテーテル)を心臓まで進め、その先につけた クリップ で、閉じ残ったすき間を つまんで引き合わせ、逆流を減らします。胸を開かず、心臓も止めません。

三尖弁を心臓の上から見た、カテーテル治療の前後の比較図。治療前は右上と左上の弁尖のあいだから中心にかけてすき間が開き、そこから血液が逆流している。治療後はそのすき間をクリップでつまんで引き合わせ、逆流が減っている
図1 弁尖どうしが閉じ残り、そのすき間から血液が逆流します(左)。すき間のところをクリップでつまんで引き合わせると、逆流が減ります(右)。弁は取り替えず、いまある弁をそのまま活かします

僧帽弁のときは、心臓の左側まで進む必要がありました。三尖弁は 心臓の右側 にあるため、足の付け根から戻ってくる血液の道すじが、そのまま弁の手前までつながっています。

ポイントは、弁を取り替えるのではなく、いまある弁を活かして“つまんで直す” こと。これまでの回で、大動脈弁は 「取り替える」、僧帽弁は 「つまんで直す」 とお話ししてきましたが、三尖弁は、この 「つまんで直す」 の仲間です。弁ごとに、適した方法が育ってきました。

03治療は、どんなふうに進むの?

施設によって進め方は異なりますが、おおまかな流れは次のようになります。

  1. くわしい検査で、向き・不向きを調べる

    心エコー(第6回)で、逆流の程度や弁の形、右側の心臓の働きをくわしく調べます。とくに、のどから調べる経食道心エコー(第7回)が、弁の合わせ目を見るのに役立ちます。

  2. 足の付け根の静脈から、カテーテルを進める

    全身麻酔のもと、足の付け根の静脈からカテーテルを入れ、心臓の右側(右心房)まで進めます。心臓は止めません。

  3. すき間を、クリップでつまむ

    閉じ残った弁の合わせ目を、クリップでつまんで引き合わせます。エコーで逆流が減ったことを確かめながら行い、必要に応じてクリップを追加することもあります。

  4. 体を動かしはじめ、退院へ

    治療後はしばらく様子をみて、多くは早いうちから体を動かし始めます。入院期間は施設や回復の具合によりますが、胸を開く手術より短くなるのが一般的です。

足の付け根の静脈からカテーテルを心臓の右側まで進める道すじと、クリップで三尖弁の弁尖をつまんで引き合わせるところを拡大して示した図
図2 足の付け根の静脈からカテーテルを心臓の右側まで進め(左)、その先のクリップで三尖弁の弁尖をつまんで引き合わせます(右)

04どんな方に向いている治療?

まず知っておいていただきたいのは、この治療は「いきなり最初に選ぶもの」ではないということです。

まずは、お薬による治療をしっかりと

三尖弁の逆流でむくみが出ているときは、はじめに 余分な水分を体の外に出すお薬(利尿薬) などで、症状をやわらげる治療をしっかり行います(第14回)。原因になっている心不全や脈の乱れがあれば、そちらの治療も並行して行います。

それでも 逆流が強いまま、症状が残ってしまう ―― カテーテル治療が検討されるのは、そういうときです。逆流の程度、右側の心臓の働き、ほかの病気やお体の状態などを総合的に評価したうえで判断されます。

決めるのは「ハートチーム」、行うのは認定を受けた施設

この治療が向いているかどうかは、ひとりの医師が決めるものではありません。ハートチーム(循環器内科医・心臓外科医・麻酔科医・エコーの専門医・看護師など)が検査の結果をもちより、チームで話し合って決めます。

また、この治療は 学会の定めた基準を満たし、認定を受けた施設 で行われます。「お薬を続けるか・手術か・カテーテルか」「今はまだ待つべきか」―― 最終的にどの治療を選ぶかは、ご本人・ご家族のお気持ちも大切にしながら、治療する病院で決まります。

05治療のあと ― お薬と、これからの生活

治療のあとは、しばらく 血液をサラサラにするお薬 をのむことが多くなります。クリップに血のかたまりができるのを防ぐためで、どのお薬を、どれくらいの期間のむかは、お一人おひとりの状態によって変わり、主治医が判断します。もともと脈の乱れ(心房細動など)があって 血液を固まりにくくするお薬 をのんでいる方は、その調整も主治医が行います。

お薬は 自己判断でやめないでください。また、歯科の処置・手術・内視鏡検査などで、お薬を休む必要があるかもしれないときは、必ず事前に主治医にご相談を。血が止まりにくい、黒い便が出る、身に覚えのないあざができる ―― こうしたときも、早めにご相談ください。クリップの入った弁は 細菌がつく感染症 にも注意が必要です。お口の中を清潔に保ち、歯科を受診するときは「心臓の弁の治療を受けた」とお伝えください。

そして、この治療も 受けて終わり、ではありません。逆流が十分に減っているか、心臓の状態はどうか、定期的な心エコーで見守っていくことが大切です。ご自宅では、体重とむくみのチェック を続けてください。数日で体重が増えてきたときは、水分がたまってきているサインかもしれません(第13回)。

逆流が軽くなると、むくみが引いて足が軽くなる、おなかの張りがやわらぐ、食事がおいしくなる ―― そんな変化を実感される方もいらっしゃいます。

06治療の前も、あとも ― えぷろんクリニックが伴走します

三尖弁のカテーテル治療は、認定を受けた施設で行われます。でも、「その治療にたどり着くまで」と「終わったあと」 を地元で支えるのは、かかりつけの大切な役割です。

心臓を専門とする院長が、橋渡しします

治療の前:「足のむくみがなかなか引かない」「おなかが張って食欲がない」―― こうした症状の陰に、三尖弁の逆流が隠れていることがあります。当院では心エコーで弁の状態を確かめ、治療を考える時期にさしかかったら、専門の施設へご紹介します。

治療のあと:退院後の受け皿として、体重・むくみ・お薬・心エコーでの経過観察を、地元で継続して見守ります。院長は 心不全を専門とし、兵庫県立はりま姫路総合医療センターでも診療に携わっていますので、病院との連携もスムーズです。

07弁膜症治療編 ― ここまでのまとめ

第15回から4回にわたって、弁膜症の治療をお話ししてきました。ここで、いちど全体を並べてみましょう。

回どんな治療か
第15回
弁膜症の手術
胸を開いて、弁を 「治す」 か 「取り替える」。幅広い状態に確実に対応できる、治療の土台です。
第16回
大動脈弁のカテーテル治療
胸を開かずに、カテーテルで新しい弁を届けて 「取り替える」。ご高齢の方の負担を大きく減らしました。
第17回
僧帽弁のカテーテル治療
胸を開かずに、クリップで 「つまんで直す」。手術がむずかしい方に道をひらきました。
第18回(今回)
三尖弁のカテーテル治療
同じ「つまんで直す」考えかたを、最後に残っていた三尖弁 へ。長く待たれていた選択肢です。

こうして並べてみると、心臓の治療が 「体にやさしい方向へ」 少しずつ広がってきたことが分かります。かつては「手術ができないなら、お薬でしのぐしかない」と言われた場面に、いくつもの道ができました。

そして、この歩みはまだ途中です。三尖弁については、海外で 弁そのものを新しいものに置きかえるカテーテル治療 も登場しており、日本でも研究が進んでいます。数年後には、選択肢がさらに広がっているかもしれません。

08最後に ― 「むくみは年のせい」と、あきらめる前に

足のむくみ、おなかの張り、なんとなく続くだるさ。どれも、年齢のせいにされやすい症状 です。けれども、その陰に三尖弁の逆流が隠れていることがあります。そして今は、お薬だけではない道 が用意されています。

大切なのは、「治せる病気かもしれない」と、いちど確かめてみること。心エコーは、体に負担のない検査です。気になることがあれば、当院(兵庫県姫路市・えぷろんクリニック)で、いつでもご相談ください。治療の前も、あとも、地元で一緒に見守らせていただきます。

※ 心臓弁膜症の診療の考え方については、日本循環器学会のガイドライン(専門家向け)でも公開されています。より詳しく知りたい方は、あわせてご参照ください。

NEXT

第19回 不整脈とは ― 脈の「リズム」がみだれるとき

弁膜症の治療のお話は、今回でひと区切りです。次回からは、あたらしいテーマ 「不整脈」 へ。ドキドキする、脈がとぶ、脈がゆっくりすぎる ―― ひとくちに不整脈といっても、さまざまです。まずは全体像から、やさしくお話しします。

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CLINIC INFORMATION

当院について

えぷろんクリニックは、姫路市飾磨区にある循環器内科・呼吸器内科・内科のクリニックです。これまで地域に親しまれてきた「田中クリニック」の理念を引き継ぎ、2025年12月より新たな名前で診療を続けています。

  • 循環器専門医と呼吸器専門医の両方が在籍し、息切れや胸の症状の原因を総合的に診断します
  • 院内に心エコー図・心電図・血液検査・呼吸機能検査などを備え、必要な初期検査を当日に行えます
  • 兵庫県立はりま姫路総合医療センター・姫路医療センターなどと連携し、入院・手術や精密検査が必要な場合もスムーズにご紹介します
  • 院長は兵庫県立はりま姫路総合医療センターでも診療を行っており、心不全外来・地域連携にも携わっています
  • 在宅酸素・人工呼吸器対応や終末期ケアを通じて、ご自宅での療養も支えています

診療理念

「心に寄り添い、信頼される医療の提供」

医学的根拠に基づいた正確な医療を提供しつつ、患者さまとの信頼関係を大切にした診療を行っています。患者さまと丁寧に向き合い、納得いただける治療方針を共に考え、地域の皆さまにとって 「いつでも相談できる、安心できる存在」 となれるよう努めています。