僧帽弁狭窄症ってどんな病気?
― 今は少なくなった、でも見逃せない弁膜症 ―
「階段を上るときの息切れがひどくなった」
「動悸がして、脈がバラバラに感じる」
「子どもの頃にリウマチ熱と言われたことがある」
――そんな手がかりの先に、半世紀前は日本でもよく見られた、ある弁の病気が隠れていることがあります。今回は、僧帽弁狭窄症についてやさしくお話しします。
01僧帽弁って、どんなドア?
第3回でもお話ししましたが、僧帽弁(そうぼうべん)は心臓の左側、左心房と左心室の間にあるドアです。2枚の葉でできていて、形が「司教さまの帽子(mitra)」に似ていることから、この名前がつけられました。
僧帽弁の役割は、左心房から左心室へと血液が流れ込むときにドアを開け、左心室が収縮するときには閉じて逆流を防ぐことです。第3回でお話しした「僧帽弁閉鎖不全症(逆流症)」は、このドアが閉まりきらない病気でした。
今回お話しする 僧帽弁狭窄症(そうぼうべん きょうさくしょう) は、その正反対です。ドアの開きが悪くなり、左心房から左心室へ血液が流れにくくなる病気です。
ドアが開きにくくなると、その「上流」にあたる左心房に血液がたまっていきます。そして左心房はだんだん大きく引き伸ばされ、さらに上流の肺にも負担がかかっていきます。
02なぜ起こるの? ― 「過去の病気」と「新しい病気」
僧帽弁狭窄症の原因は、ほかの弁膜症と少し違って、時代によって主役が変わってきたのが特徴です。
リウマチ熱の後遺症
子どもの頃にかかった溶連菌感染症のあと、体の免疫が誤って自分の心臓を攻撃してしまう病気。その結果、何十年も経ってから僧帽弁が硬く、開きにくくなります。
加齢による弁の硬化
大動脈弁狭窄症と同じように、弁の付け根(弁輪)にカルシウムがたまり、ドアが開きにくくなるタイプ。ご高齢の方に増えています。
リウマチ熱とは ― かつての国民病
リウマチ熱とは、子どもの頃に 「溶連菌(ようれんきん)」 による喉の感染症を起こしたあと、体の免疫が誤作動を起こして自分の心臓・関節・皮膚を攻撃してしまう病気のことです。一般的な「関節リウマチ」とは別の病気です。
日本では戦後の衛生環境の改善と、溶連菌感染症に対する 抗生物質(ペニシリンなど)の普及によって、1960年代以降、新しく発症する方は大きく減りました。今のお子さんが新しくかかることは、ほとんどありません。
一方で、70代・80代の方の中には、若い頃にリウマチ熱を経験された方がいらっしゃいます。当時は治療を受けても弁が傷んでしまうことが多く、そのダメージが何十年も経ってから僧帽弁狭窄症として現れることがあります。
「子どもの頃にリウマチ熱と言われた」「ペニシリンを長く飲んでいた」というご記憶がある方は、症状がなくても 一度心エコー図検査を受けておくこと をおすすめします。早めに見つけて経過を観ていれば、安心です。
最近増えている「加齢性」のタイプ
第2回でお話しした大動脈弁狭窄症と同じように、年齢を重ねるにつれて、僧帽弁の付け根(弁輪)に カルシウムが沈着して石灰化(せっかいか) し、ドアが開きにくくなるタイプも知られるようになってきました。
リウマチ性のように弁の葉どうしがくっついて開かなくなるのとは少し違い、付け根の周りが硬くなることで動きにくくなるのが特徴です。高齢化が進む中で、こちらのタイプは少しずつ増えています。
03症状 ― 息切れと動悸、そして脳梗塞のリスク
僧帽弁狭窄症の症状は、長い時間をかけてゆっくり進みます。ドアの開きが少しずつ悪くなり、左心房から肺へ「上流」にしわ寄せが行くため、次のような症状が現れます。
代表的な3つの症状
- 労作時の息切れ:階段や坂道で息が切れやすくなります。最初は「年のせい」と感じられがちですが、進行すると平地を歩くだけでも苦しくなります。
- 動悸・脈の乱れ:左心房が引き伸ばされると、不整脈(特に 心房細動)が起こりやすくなります。「胸がドキドキする」「脈がバラバラに打つ」と感じることがあります。
- 夜間の咳・呼吸困難:横になると肺のうっ血が強まり、夜中に咳が出たり、息苦しさで目が覚めたりすることがあります。痰に血が混じる方もいらっしゃいます。
特に注意したい ― 脳梗塞のリスク
僧帽弁狭窄症で最も気をつけなければならない合併症が、脳梗塞 です。
引き伸ばされた左心房の中で 心房細動 が起こると、心房の中で血液がよどみ、血のかたまり(血栓) ができやすくなります。その血栓が左心室から全身に押し出され、脳の血管をふさぐと、脳梗塞を起こすのです。
僧帽弁狭窄症と心房細動が合併している方は、たとえ症状がなくても 脳梗塞予防の抗凝固薬(血液をサラサラにするお薬) がとても大切です。一般的な心房細動より、特に厳重な予防が必要とされています。
04どんな検査をするの?
僧帽弁狭窄症の診断と評価の中心は、これまでと同じく 心エコー図検査(心臓超音波検査) です。
- 聴診:僧帽弁狭窄症には「ランブル」と呼ばれる、低くゴロゴロした特徴的な雑音があります。経験のある医師は、聴診だけでも気づくことができます。
- 心電図:心房細動の有無、左心房が大きくなっているサインがないかを確認します。
- 胸部レントゲン:左心房の拡大や、肺うっ血の所見を確認します。
- 心エコー図検査 ★最も大切:弁の開きの程度(弁口面積)、弁の硬さ・石灰化の様子、左心房の大きさ、肺の血圧、ほかの弁の状態まで、まとめて評価できます。
- 経食道心エコー図検査:必要に応じて、口から細い管を入れて食道側からより詳しく観察します。特に 左心房内の血栓の有無 を確認するときに大切な検査です。
心エコー図検査では、弁の開きの面積を 「弁口面積」 という形で数値化できます。一般的に 1.5平方センチメートル未満で中等症以上、1.0未満になると重症と評価され、治療が検討されます。
05治療の選択肢
僧帽弁狭窄症の治療は、症状・重症度・弁の傷み具合・心房細動の有無などを総合して決めていきます。
| ① 経過観察 | 軽症で症状がない場合。半年〜1年に1回の心エコー図検査でフォローします。 |
|---|---|
| ② お薬による治療 | むくみを取る 利尿剤、心拍を整えるお薬、心房細動がある場合の 抗凝固薬 などが中心です。狭くなった弁そのものを治すお薬はありません。 |
| ③ カテーテルで弁を広げる治療 (PTMC) |
足の付け根の静脈から細い管(カテーテル)を入れ、先端の風船(バルーン)を僧帽弁の中で膨らませて広げる治療です。リウマチ性で、弁がまだしなやかな方に向いています。 |
| ④ 外科手術 | 傷みが強い場合や、弁の中に血栓がある場合などには、人工弁に取り換える弁置換術 を行います。胸を開いて、心臓を一時的に止めて行う手術です。 |
カテーテルで弁を広げる治療(PTMC)とは
PTMC(経皮的経静脈的僧帽弁交連切開術:けいひてき けいじょうみゃくてき そうぼうべん こうれんせっかいじゅつ)は、足の付け根の静脈から長い管を心臓まで進め、専用のバルーンを僧帽弁の中で膨らませて、くっついた弁の葉を引きはがすように広げる治療です。
胸を開かず、心臓も止めずに行えるため、患者さんの体への負担が少ない治療法です。弁がまだしなやかで、ほかに大きな逆流や血栓がないなど、適応の合う方には大きな効果が期待できます。
外科手術が向く場合
弁の傷みが強く、葉が硬く厚くなってバルーンでは広げきれない場合や、左心房の中に血栓がある場合、ほかの弁の手術も同時に必要な場合などには、外科手術が選ばれます。
手術では、人工弁に取り換える 弁置換術 が中心です。人工弁には金属でできた機械弁と、動物の組織から作る生体弁の2種類があり、年齢や生活背景に合わせて選びます。
06知ってほしい、日本人医師が世界を変えた話
この回でぜひお伝えしたいのは、いま当たり前のように行われている 「心臓のカテーテル治療」 の出発点が、ほかでもない 日本にある ということです。
1982年、日本から始まった「弁を切らずに治す」治療
1982年6月、当時、心臓外科医として勤務されていた 井上寛治(いのうえ かんじ)先生 が、ご自身で開発した独自のバルーンカテーテルを使って、世界で初めて、胸を開かずに僧帽弁狭窄症を治療することに成功されました。
それまで、僧帽弁狭窄症の治療は「胸を開いて心臓を止めて、手術で広げる」しか方法がありませんでした。井上先生のお仕事は、その常識を一変させたのです。
この治療法は 「Inoue Balloon(イノウエ・バルーン)法」 として、その後、世界中で使われるようになりました。アジアの国々はもちろん、欧米でも標準的な治療として根づき、今もなお、世界中の患者さんを救い続けています。
その後、大動脈弁狭窄症に対するカテーテル治療(経カテーテル大動脈弁植え込み術)、僧帽弁逆流症や三尖弁逆流症に対するカテーテル治療と、心臓弁膜症に対するカテーテル治療は次々と進化してきました。その大きな流れの出発点が、日本人の手によって生まれた ということを、ぜひ知っていただきたいと思います。
研究段階の話題 ― カテーテルで人工弁を植える治療
ごく最近、僧帽弁狭窄症に対しても カテーテルで人工弁を植え込む治療(TMVR)の研究が世界で進められています。特に、加齢性で外科手術が難しい高齢の方への新しい選択肢として期待されていますが、日本ではまだ研究・臨床試験の段階で、一般診療には用いられていません。
今後どのように発展していくか、注目していきたい分野です。
07最後に ― 「昔の病気」と思わずに
僧帽弁狭窄症は、確かに新しく発症する方は少なくなりました。けれども、若い頃にリウマチ熱を経験された方や、加齢で弁が硬くなってきた方の中には、今もこの病気を抱えていらっしゃる方がおられます。
そして、症状がゆっくり進むため、ご本人もご家族も「年のせい」と思って見過ごしてしまいやすい病気です。息切れ・動悸・むくみ といったサインが続くようなら、一度心臓の評価を受けてみてください。
当院(兵庫県姫路市・えぷろんクリニック)では、循環器内科の専門医による診察と、院内での心エコー図検査が可能です。気になる症状や、過去のリウマチ熱の既往について不安がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。必要に応じて、専門病院と連携してフォローいたします。
「子どもの頃にリウマチ熱と言われた」「ずっとペニシリンを飲んでいた時期がある」というご記憶のある方は、今は症状がなくても、一度心エコー図検査を受けておくこと をおすすめします。
えぷろんクリニックのご案内
当院について
えぷろんクリニックは、姫路市飾磨区にある循環器内科・呼吸器内科・内科のクリニックです。これまで地域に親しまれてきた「田中クリニック」の理念を引き継ぎ、2025年12月より新たな名前で診療を続けています。
- 循環器専門医と呼吸器専門医の両方が在籍し、息切れや動悸の原因を総合的に診断します
- 院内に心エコー図・心電図・血液検査・呼吸機能検査などを備え、必要な初期検査を当日に行えます
- 兵庫県立はりま姫路総合医療センター・姫路医療センターなどと連携し、入院・手術が必要な場合もスムーズにご紹介します
- 院長は兵庫県立はりま姫路総合医療センターでも診療を行っており、心不全外来・地域連携にも携わっています
- 在宅酸素・人工呼吸器対応や終末期ケアを通じて、ご自宅での療養も支えています
診療理念
「心に寄り添い、信頼される医療の提供」
医学的根拠に基づいた正確な医療を提供しつつ、患者さまとの信頼関係を大切にした診療を行っています。患者さまと丁寧に向き合い、納得いただける治療方針を共に考え、地域の皆さまにとって 「いつでも相談できる、安心できる存在」 となれるよう努めています。